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戦後と現代をつなげるさまざまな事実・事件と社会運動史的分析を探求。

2014年10月15日 UP

ようこそ“知っておきたい「現代政治・戦後史」”ページへ

あなたは「ベトコン」を知っていますか? アメリカが唯一敗北した「ベトナム反戦」は? 「イールズ闘争」は? 「白鳥事件」は? 「ハンガリー事件」って? 「総評・社会党」はなぜなくなったのか? 第9条はなぜ生存権の基本なのか? 安倍内閣の野望は? 沖縄のたたかいは!
ほとんどマスコミなどで伝えられていない、情報と諸事実も伝えたい。(編集子)

information   五十嵐仁の現代政治論新着情報

2015年11月22日
「民主主義の目覚まし時計」が鳴っている―戦争法案反対で高揚する国民運動をどう見るか
2015年11月22日
第3次安倍改造内閣―新3本の矢で目くらまし 新「富国強兵」政策を画策
2015年11月22日
戦争法案とのたたかいと政治変革の展望
2015年11月22日
自民党の変貌―ハトとタカの相克はなぜ終焉したか
2015年08月29日
戦争法案の準備とともに進められてきた既成事実化の数々
2015年08月27日
10万人国会包囲と100万人大行動こそ「革命」の始まりだ
2015年07月15日
「戦争法案」の衆院特別委員会での強行採決を糾弾する
2015年07月03日
平和な国を次の世代に手渡せるかどうかが問われている、『明るい長房』第149号、2015年6月1日付
2015年05月30日
安倍政権「戦争法制」を問う、『ひろばユニオン』2015年5月号
2015年05月30日
戦争立法の全貌を解明する、『東京革新懇ニュース』第402号、2015年5月5日号
2015年05月30日
安倍政権の戦争立法の内容と問題点、消費税をなくす全国の会が発行する『ノー消費税』第285号、2015年5月
2015年05月30日
暴走を阻止する平和運動の課題、『婦民新聞』第1488号、2015年4月10日号
2015年05月30日
安倍政権と対決し打倒するためには力を合わせるしかない、「新たな社会像と人々の連帯・共同を探る 連帯・共同21」
2015年03月09日
『対決 安倍政権―暴走阻止のために』、五十嵐仁著、学習の友社(はじめに、+目次)
2015年03月09日
過激派組織「イスラム国」(IS)の人質事件と安倍首相の対応について、『明るい長房』第146号、2015年3月1日付
2015年03月09日
総選挙後の情勢と今後の展望『月刊全労連』No.217、2015年3月号
2015年02月28日
「改革」の失敗がもたらした政治の劣化と右傾化、『学習の友』No.739、2015年3月号
2015年02月28日
府中革新懇30周年へのお祝いメッセージ―このメッセージは、東京革新懇代表世話人として送ったもの
2015年02月28日
首相の対応検討し責任を明らかに―このインタビュー記事は『東京民報』第1875号、2015年2月8日付
2015年02月28日
2014年総選挙と今後の展望、東京土建『建設労働のひろば』No.93、2015年1月号
2015年02月28日
2014年総選挙の結果をどう見るか、『学習の友』No.783、2015年2月号
2015年01月09日
革新懇運動への期待と注文
2015年01月09日
「誇って良い青春」と「歴史による検証」
2015年01月09日
2014年総選挙の結果をどう見るか ――そのつづき
                 (以下の赤い日付は「五十嵐仁の転成仁語」掲載日)

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「民主主義の目覚まし時計」が鳴っている――戦争法案反対で高揚する国民運動をどう見るか
 (2015-11-04〜05)

 『学習の友』2015年11月号、No.747
 
    はじめに

 「我々は、試合に負けたかもしれませんが、勝負には勝った」。民主党の福山哲郎幹事長代理は、こう述べました。戦争法案採択前の参院本会議での反対討論です。その「勝負」の決着は次の参院選、解散・総選挙でつけなければなりません。その時には「試合にも勝てる」ように、今から準備する必要があります。
 戦争法案反対闘争における最大の特徴は国民の民主主義的覚醒でした。戦争法案をゴリ押しすることで、安倍首相は心ならずも「民主主義の目覚まし時計」を鳴らしてしまったようです。若者をはじめ、このたたかいに加わった人々は政治変革の必要性を痛感し、それに向けての決意を固めたことでしょう。このような価値観の変化を呼び起こし、変革に向けての主体を形成できたところに、戦争法反対闘争の最大の成果があります。
 度重なる安倍政権の暴走によって、この世のあらゆる災いが飛び出してきたような日本です。しかし、「パンドラの箱」にはまだ残っているものがありました。最後に残された希望は「民の声」です。国会前をはじめ全国津々浦々に響き渡ったこの「民の声」を、戦争法廃止の国民連合政府(詳しくは後述)実現の力とするのが、これからの私たちの課題にほかなりません。

   立憲主義・平和主義・民主主義の破壊

 国会での戦争法案の審議と採決を通じて明らかになったのは、立憲主義・平和主義・民主主義の破壊という問題でした(経過は年表参照―省略)。  
 立憲主義について言えば、集団的自衛権の行使容認という内容と、59年砂川判決や72年閣議決定を根拠に憲法の解釈を変更するという手法という二重の憲法違反を犯しています。
 また、審議を通じて明らかになったのは、法律の根拠となる「立法事実」が存在しないということでした。当初、安倍首相は具体的な例として、ホルムズ海峡での機雷掃海、日本人の母子を輸送する米軍艦の防護、北朝鮮のミサイル発射を警戒監視中の米艦防護などを挙げていましたが、いずれも根拠のないことが明らかになったからです。
 さらに、民主主義の破壊という点では、民意の無視が際立ちました。最終盤での参院特別委員会での採決は与党の「だまし討ち」によって大混乱に陥り、速記録には「議場騒然、聴取不能」と書かれているだけです。回りを取り囲まれたために議長の声は聞こえず、起立した委員の姿も議長からは見えなかったでしょう。擬似運営上の瑕疵があったことは明らかで、採決不存在と審議続行を求める要望書が出されたのも当然です。
 9月19日未明、参院本会儀で戦争法案は成立しました。しかし、各新聞の世論調査では5割が法案に反対で成立を評価せず、6割が憲法に違反しているとし、審議が尽くされていないという意見も7割から8割近くに上っています。説明不十分という意見に至っては8割を超える調査もありました(図参照―省略)。8割といえば国民の大部分じゃありませんか。

   実証された「反響の法則」

 戦争法案に対しては、質量ともにかつてない反対運動が起きました。強く打てば強く響く「反響の法則」が実証されたことになります。攻撃が強いほど反発や抵抗も大きくなり、訴えれば応える世論の変化も顕著で、国会内外の連携も目立ちました。
 元最高裁長官や判事、元内閣法制局長官、官僚や自民党幹部のOB、9割の憲法学者、弁護士、大学人、創価学会員、宗教者、医療・介護・福祉関係者、大学生や高校生、国際NGOやNPO、元自衛官、演劇人、映画関係者、文学者、音楽家、タレント、地方自治体議会と議員、普通の市民などが立ち上がりました。
 全国2000カ所以上で数千回の抗議行動が取り組まれ、130万人以上が参加したと、SEALDsの奥田愛基さんは国会の参考人質疑で述べています。
 デモと集会は、ホップ(原発ゼロ実現・再稼働反対)、ステップ(秘密保護法制定阻止)という2段階を経て復権し再生してきました。今回の戦争法案反対のたたかいはこれを引き継ぎ、大きくジャンプして全国に拡大したのです。
 集会の開き方も様変わりし、官邸前や国会周辺で定期的に取り組まれ、有名無名の人々が横並びで自由に発言しました。「わたし」が主語となり自分の言葉で発せられたスピーチは聞く人々の胸を打ち、非暴力のパレードやサウンドデモ、ラップ調のコール、ふらりと参加できる気安さ、感覚的なカッコよさなども、これまでにない特徴です。
 自主的自発的な個人の参加者が目立ったことが注目されていますが、同時に指摘する必要があるのは、大学生のSEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)や「ママの会」をはじめ、高校生のT-ns SOWL(ティーンズソウル)、SADL(民主主義と生活を守る有志)、MIDDLEs、OLDs、各大学・各分野の有志の会などの新しい組織の結成が相次いだことです。
 そして、これらの新たに登場した組織と労働組合などの既存の組織が連携し協力したことも大きな特徴でした。労働組合の姿が見えにくかったのは、動員型での集会参加が少なかっただけでなく会場整理などの裏方として運動を支えていたからで、動員されなくとも個人として集会に参加した組合員も多かったのではないでしょうか。

   獲得された新たな運動の質

 今回のたたかいを中心になって担ったのは「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」(総がかり行動実行委員会)です。これは「戦争をさせない1000人委員会」(1000人委員会)、「解釈で憲法9条を壊すな! 実行委員会」(壊すな! 実行委員会)、「戦争する国づくりストップ! 憲法を守り・いかす共同センター」(憲法共同センター)という3つの団体の合流によって結成された共闘組織でした。
 それは、市民運動団体「壊すな! 実行委員会」を仲立ちとした連合系団体「1000人委員会」と全労連系団体「憲法共同センター」との連携という内実を持っていました。このことは強調しておく必要があります。このような形での大衆運動における共同が、すでに実現していたからです。
 また、60年安保闘争や70年安保闘争との違いでは、青年や学生の参加の背景に自らの貧困と不安があるという点が大きいように思われます。かつては使命感に基づく「他者」のための運動であり、そのために潮が引くように沈静化しました。しかし、今は自らの未来を守り切り開くための「自己」のための運動なのです。中途で投げ出すわけにはいかず、これからも沈静化することはないでしょう。
 このたたかいは、高齢者と若者、組織と個人、国会周辺と地方・地域、町内、村内での運動が呼応するような形で展開されました。前者が「敷布団」で後者が「掛け布団」のような関係(上智大学の中野晃一教授)だと言われますが、両者が連動して運動の幅を広げ質を高めることになったように思われます。
 また、運動への参加の仕方では組織的な働きかけと個人的な情報の入手という特徴もありました。このような情報の発信や受信という点で大きな意味を持ったのが、インターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などのIT(情報技術)手段です。(インター)ネットによるネット(ワーク)の形成と活用もこれまでにない特徴で、それが社会運動の武器として活用され、大きな威力を発揮した最初の事例だったのではないでしょうか。

   戦争法廃止をめざす連合政府の樹立に向けて

 戦争法が成立した日の午後、日本共産党は中央委員会総会を開いて戦争法廃止の国民連合政府の実現を目指す方針を決め、参院選などでの選挙協力を呼びかけました。素早い対応であり、的確な方針提起であったと思います。
 戦争法成立の直後から、「民主主義は止まらない」「この悔しさは忘れない」という声が上がり、コールも「戦争法案今すぐ廃案」から「安倍内閣は今すぐ退陣」へと変わりました。倒閣運動への発展・転化が生じたのです。
 今後も戦争法廃止の運動を継続させ、世論を変え、裁判にも訴えていくことが必要です。とりわけ重要なのが賛成した議員を選挙で落とす落選運動であり、戦争法の廃止を可能にするような政府の樹立です。
 参院選での与野党逆転を実現するうえでは1人区対策が重要になります。現在の参院の与野党差は28ですから15議席入れ替われば逆転しますが、野党の選挙協力が実現すれば8つの1人区で与野党が入れ替わると東京新聞は試算しています。
 今回改選される議員が当選した2010年参院選では、直前に菅首相が消費税10%発言を行って民主党が大敗し、自民党が圧勝しました。この時の共産党は3議席当選にとどまりましたが、前回の2013年参院選では5議席増の8議席になっています。これらの事情を勘案すれば、与野党逆転の可能性は十分にあると言えるでしょう。

   これからの対決の焦点

 これからは憲法9条の空文化かそれとも戦争法制の空文化か、という対決が本格化することになります。その集約点が来年の参院選であり、そこでの勝利には民主党と共産党の連携・協力が不可欠です。
 そのカギを握っているのは民主党です。民主党は「右のドア」を閉めて「左のドア」を開けるべきです。力を合わせなければ政権交代は無理であり、「反共主義」や「共産党アレルギー」では国民の期待には応えられません。未だに「裏切り」の印象が強く国民の信頼を十分に回復しているとは言えない民主党は、このことをよく考えるべきでしょう。
 この間の運動によって、政治を動かす土台とも言うべき社会が変わり始めました。政権交代の準備はもう始まっているのです。一時的なブームという上からの「風」頼みの政権交代ではなく、人々の考え方や価値観の変化をともなった下からの「草の根」の力による政権交代という条件が形成されつつあります。
 好きか嫌いかを優先するようでは政治家の資格はありません。嫌いでも国民のためになるのであれば手を組むべきです。せっかく盛り上がってきた倒閣運動です。「民主主義の目覚まし時計」を鳴らして、その高揚をもたらした安倍首相の「政治的プレゼント」を無にしてはなりません。政権交代によって、この「プレゼント」を最大限有効に活用しようではありませんか。
 

第3次安倍改造内閣―新3本の矢で目くらまし 新「富国強兵」政策を画策  (2015.10.30)

 『全国商工新聞』第3189号、10月26日付

 第3次(大惨事)安倍改造内閣が発足しました。一言で言って「意味不明」内閣です。その翌日の日経平均株価は181円下がって1万8141円になりました。新内閣発足に対する市場の反応は冷たいものでした。
 それもそうでしょう。最初から、期待されることを期待していないような顔ぶれですから。安倍首相は来年7月の参院選まで持てば良いと考えているのかもしれません。しかし、このような「お友達」ばかりをかき集めた陣容で参院選を乗り切れるのでしょうか。

 安倍首相は9月の自民党総裁選で再選され、党の役員と閣僚を変えて人身を一新させたいと思ったのでしょう。しかし、「無理に人事をやるタイミングではなかった」(10月8日付『朝日新聞』)という政府高官の声が伝えられているように、どうしてもやらなければならなかったわけではありません。
 事実、改造は小規模にとどまり、閣僚と自民党役員計24人のうち交代したのは10人にすぎません。しかも、主要閣僚の「幹」はほとんど残留し、代わったのは「枝葉」ですから、なぜ今やるのかが「意味不明」な改造だったということになります。
 新しい閣僚の顔ぶれもパッとしません。注目されるのは行革担当相になった河野太郎さんですが、さっそく反原発という主張を引っ込めようとしています。
 もう一人「目玉」とされているのが加藤勝信さんで「一億総活躍社会」の実現を担当するそうですが、これこそ「意味不明」の最たるものです。
 安倍首相は「自民党は人材の宝庫だ」と言っていますが、それならどんどん交代させればいいじゃありませんか。
 しかし、実際には、そうはいきません。政治資金面で問題のない自民党議員はほとんどいず、第2次改造内閣で3人の閣僚が辞任したように危なくて使えない人ばかりだからです。
 それでも改造を行ったのは、70人を超える「入閣待望組」を減らすだけでなく、戦争法案反対闘争で高まった「アベ政治」への反発を和らげたいという狙いがあったからです。そのために、突然「一億総活躍社会」というスローガンと「強い経済」「子育て支援」「社会保障」という「新3本の矢」を打ち出しました。
 そこには二つの「目くらまし」が意図されていたように見えます。その一つは、60年安保闘争後、所得倍増政策によって国民の支持を回復した池田内閣をまねた「目くらまし」であり、もう一つは、新しい「3本の矢」を示すことでアベノミクスの失敗から国民の目をそらすという「目くらまし」です。

 しかし、「一億総活躍」とは言っても、実際には日本の人口は1億2685万人ですし、それを十羽ひとからげに「活躍」させようというのは余計なお世話で、何が「活躍」なのかも不明です。2020年頃までに国内総生産(GDP)600兆円、20年代半ばに希望出生率1.8、20年代初頭に介護離職ゼロという目標はいずれも「絵に描いた餅」で現実離れしたものです。「的」が遠すぎて「矢」は届きません。
 第2次改造内閣で打ち出した「地方創生」や「女性の活躍推進」はどうなったのでしょうか。これが古臭くなったから「一億総活躍」というラベルに張り替えて目新しさを出そうとしただけではないでしょうか。
 しかも、達成年次は安倍首相の任期を越えています。目先を変えて期待を持たせ、来年の参院選さえ乗り切れば達成されなくても良いと思っているのかもしれません。
 国民も甘く見られたものです。アベノミクスの「3本の矢」で騙したうえに「新3本の矢」でもう一度、騙そうというわけですから。このような目論見を許してはなりません。「アベノミクス第2ステージ」は、経済成長によって得られた富を軍事力増強へとつぎ込む、新「富国強兵」政策の「第2ステージ」にほかならないのですから。

 

戦争法案とのたたかいと政治変革の展望 (2015.10.25)

 9月26日の東京革新懇世話人会・学習交流会での講演を記録したもの。『東京革新懇ニュース』第406号、2015年10月5日号


 戦争法とのたたかいは、試合に負けたが勝負には勝った。決着は次の参院選、解散・総選挙でつける。国民の民主主義的覚醒―政治変革の必要性と決意、主体形成が促された。パンドラの箱に残った希望は民の声―それを国民連合政府樹立の力とするのが課題だ。

 T.国会での審議・採決を通じて何が明らかになったのか

 立憲主義・平和主義・民主主義が破壊されたのが、国民に明瞭に見えた。特に、立憲主義を変えることは許されないと、日常会話に立憲主義が出てくるようになった。
 民意は、「法案反対」51%(「朝日」)、「憲法に違反」60%(「毎日」)、「論議尽くされてない」75%(「朝日」)、「説明不十分」82%(「読売」)だ。

 U.戦争法案とのたたかいで何が明らかになったのか

 強く打てば強く響く―攻撃への反発や抵抗が生まれた。広範な人々が立ち上がり、全国2000ヶ所以上で数千回の抗議、累計130万人以上が路上で抗議した。相次いで新しい組織が結成され、労組など既成の組織は裏方に回って運動を支えた。

 デモの復権

 原発再稼働反対、秘密保護法制定阻止、戦争法案反対とデモの再生と拡大があった。デモの形態も多様で、「わたし」が主語で自分の言葉で話し、心を打つ内容だった。
 産経・フジ調査でデモ参加は3.4%(20歳以上で356万人)、「今後参加したい」18.3%。

 獲得された大衆運動の「新しい質」

 3つの潮流が合流し総がかり行動実行委員会を形成、市民運動を仲立ちとした連合系と全労連系の連携ができた。
 青年・学生参加の背景は貧困と不安であり、かつては「他者」のためだったが、今は「平和で安全な社会にしていく」「自己」のために立ちあがった。
 高齢者と若者、組織と個人、地方・地域と国会周辺のコラボ、土台と上部構造の関係だった。運動の武器としてのSNSが力を発揮した。

 V.政治変革・国民連合政府の樹立に向けて

 万余の人々への連夜の行動は政治教育となった。「戦争法案今すぐ廃案」から「安倍内閣は今すぐ退陣」へ倒閣運動へと転化した。持続的な運動による世論の変化、裁判闘争、選挙での落選運動がめざされる。
 共産党提案の国民連合政府は、入閣は条件にしていず戦争法廃止一点での共闘だ。国民の願いを優先させるか、党利党略に走って第2自民党になるかリトマス試験紙となる。
 解散・総選挙を要求しつつ参院選でネジレをつくり、衆院選で政権交代、暫定政府の樹立めざす。

 参院選での選挙協力がポイント

 参院選での1人区対策が重要で、民主・維新・共産・社民・生活の5党による選挙協力が出来るか問われる。与野党差は28で14議席覆せば逆転する。総議席の賛成派は148で反対派は90、改選の賛成派は65で反対派は56だ。
 しかし、民主党には、日本会議所属の長島昭久、原口一博、前原誠司、松原仁等がいる。

 今後の対決の焦点と条件

 カギを握るのは民主党だ。「右のドアを閉めて左のドアを開けよ」でなければ、民主党政権で「裏切られた」との国民の思いは払拭できない。
 上部だけでなく土台が変わり始め、本格的な政権交代の準備が始まっている。上からの風頼みの交代ではなく下からの草の根の力による交代へへ。

 むすび

 「反共主義」では国民の期待に応えられない。
 気分としての「反自民」、政策としての「半自民」との中途半端さを克服し、安倍政権に対する対抗と政策転換の方向性を明確にする必要がある。
 この間の運動で培われた協力・共同の経験を生かして、草の根の地域から国会内や国政に至るまでの幅広い共闘を構築し、安倍首相の退陣を実現して政治を変えていくこと――これこそが安倍首相による「政治的プレゼント」を最大限に活用する道にほかならない。



 

自民党の変貌―ハトとタカの相克はなぜ終焉したか (2015.10.12)

  雑誌『世界』2015年10月号、岩波書店発行

 「自民党がこれ以上『右』に行かないようにしてほしい。いま保守政治というより右翼政治のような気がする」
 元自民党総裁の河野洋平氏は二〇一五年二月二四日に名古屋市内で行われた講演で、こう述べた。
 元自民党副総裁の山崎拓氏も、八月八日のシンポジウムで「かつてのような活発な議論はなく、自民党は戦前の大政翼賛会的になっている」と批判した。総裁と副総裁という最高幹部の経験者が、ともに自民党が変わったと言っている。河野氏は「右翼政治」に、山崎氏は「大政翼賛会的」に……。
 幹事長経験者が現在の自民党を批判するのも珍しくない。古賀誠氏は三月二七日収録のテレビ番組で、安全保障法制について「とんでもない法制化が進められようとしている」と批判しつつ、「自民党の先生方、何か言ってくれよ。なんで黙っているんだ。ハト派じゃなくて、良質な保守派の人たちいっぱいいるはずなんだから」と苦言を呈した。野中広務氏や加藤紘一氏らも日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』に登場し、安倍首相を批判して注目された。
 六月一二日には、山崎拓氏、亀井静香氏、武村正義氏、藤井裕久氏というかつては自民党に籍を置いていた長老四人が日本記者クラブで緊急共同会見を行い、安全保障法案への危惧を訴えた。
 これら自民党OBの言動は自民党の変貌を示唆している。果たして、自民党は変わったのか。何が、どのように変わったのか。そこにはどのような論理や背景が存在しているのか。そして、変わったとすれば、その意味はどのようなものなのか。以下、これらについて検討することにしたい。

 1 安保法制審議で明らかになった自民党の変質

 自民党の変化

 明らかに、自民党は変わった。その変貌ぶりは、安保法制の審議で明瞭になっている。たとえば、以下のような変化が生じた。
 第一に、憲法に対する態度の変化である。自民党は改憲を党是として結党されたが、それを実際の政治課題としたのは安倍政権が初めてであった。安倍首相のもとで、自民党は改憲を目標とする政党から、改憲を実行する政党へと変貌したのである。
 第二に、野党に対する態度も変化した。国会での「一強多弱」と言われるような勢力関係を背景に、強権的で独裁的な運営が目立つようになっている。自民党内でも異論が許されず、批判が表面化しない「執行部独裁」の傾向が強まった。山崎元副総裁が「大政翼賛会的」だと批判するゆえんである。
 第三に、民意への顧慮や恐れのようなものが姿を消した。かつて、竹下元首相が「国会は野党の言い分を聞くためにある」と言っていたのは、その背後に多様な民意が存在していることを知っていたからである。今日の「一強多弱」状況も選挙制度による「錯覚」にすぎない。その背後には衆院選で自民党に投票しなかった四分の三以上の有権者の民意が存在しているという事実を、安倍首相は忘れている。
 第四に、議員の質的な劣化が露呈した。この間、安倍首相や中谷防衛相、麻生副総理、高村自民党副総裁、岸田外相などの答弁や発言が批判されたり、顰蹙を買ったりすることが多かった。それだけでなく、自民党文化芸術懇話会で「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番」などと発言した大西英男衆院議員はじめ井上貴博衆院議員や長尾敬衆院議員、「法的安定性は関係ない」と言い放った礒崎陽輔首相補佐官(参院議員)、安保法案に反対する学生たちを「極端な利己的考え」などと批判した武藤貴也衆院議員などの暴言も相次いだ。
 しかも、礒崎首相補佐官は東大法学部の出身であるにもかかわらず立憲主義について教わったことがないと吐露し、武藤議員はブログで憲法の三大原理(国民主権・基本的人権の尊重・平和主義)について「私はこの三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題を孕んだ思想だと考えている」と述べ、その後、金銭トラブルが表面化して自民党を離党した。議員としての質の劣化は否定しようがない。

 安倍首相の転換

 同時に指摘しておくべきことは、安保法制審議に至る過程で、安倍首相のジレンマも明確になってきたことである。それは当初の主張の揺れ戻しや転換をもたらしている。
 その第一は、「対米自立」から「対米従属」への暗転である。第一次安倍政権が掲げていた「戦後レジームからの脱却」という目標は姿を消し、このスローガンが持っていた「反米的色彩」を払拭するために、集団的自衛権行使容認によってアメリカの要求を全面的に受け入れた。二〇一三年二月の初訪米時におけるオバマ大統領による冷遇から今年四月の訪米時の歓待への変化こそ、この間の安倍首相の屈服を如実に示すものだと言える。
 第二は、歴史修正主義路線の部分的修正である。安倍首相は、第二次政権発足当初、第一次政権で靖国神社を参拝できなかったのは痛恨の極みだとして、その実現に意欲を燃やした。しかし、それが実現したのは第二次政権発足一年後の二〇一三年一二月のことであり、この一回を除いて、以後、一度も参拝していない。安倍首相としては不本意であろうが、そのような国際環境を生み出したのも安倍首相本人の歴史修正主義的発言の数々であった。
 そして第三は、「戦後七〇年談話」での部分的な撤退である。当初、安倍首相は「村山談話」や「小泉談話」とは異なった新しい談話を出すことによって「上書き」し、この二つの談話の内容を実質的に修正しようとしていた。しかし、国内外からの批判や発言に押されて、このもくろみは失敗した。「キーターム」を散りばめた談話は本心を隠して表面を取り繕う欺瞞に満ちたものとなり、前の談話を根本的に覆すことはできなかった。
 以上の結果、安倍政権は安保法制に危機感を高める世論の支持を失っただけでなく、その歴史修正主義的言動に期待していた右翼的な支持者の一部をも失望させることになった。自民党の変貌は支持基盤の狭隘化をもたらし、安倍内閣は支持率を低下させ、自民党の支持率もそれに連動して低下する兆しを見せている。

 2 自民党を制覇した旧保守傍流路線

 二大政治潮流の存在

 自民党には伝統的に二つの大きな政治潮流が存在した。それはこの政党の出自に深くかかわっている。一九五五年に自由党と民主党という二つの保守政党の合同によって結成されたからである。主として自由党の流れを汲み吉田茂の人脈を受け継ぐのが「ハト派」とされ、民主党に近く岸信介の人脈を引き継いでいるのが「タカ派」である。
 六〇年安保闘争によって岸内閣は倒れ、その後の池田・佐藤両内閣を通じて保守政治は安定期を迎える。この時期に、政策路線としての解釈改憲路線、経済主義路線、対米協調路線と、政治手法としての合意漸進路線が正統性を獲得し、保守政治の基本路線として認知された。これが「保守本流」であり、保守勢力による現実対応の姿だったといえる。
 こうして、「保守本流・ハト派・吉田」の流れと「保守傍流・タカ派・岸」の流れという二つの政治潮流が自民党の歴史を彩ることになった。派閥で言えば、前者は旧田中派や旧大平派(宏池会)であり、後者は旧福田派や旧中曽根派である。この流れは一定の期間を経て左右が入れ替わる「振り子の論理」によって自民党内での擬似政権交代を演出してきた。
 ただし長い間、自民党内では「保守本流」が大きな力を持ち続けた。池田内閣から小渕内閣までの一八代四〇年間にわたって、福田・中曽根の両内閣を除けば(佐藤内閣は微妙だが)、基本的に「ハト派・リベラル」政権だったと言える。
 これに対して二〇〇〇年の森喜朗政権以降、現在の安倍政権までの九代一五年間では、森・小泉・安倍・福田政権という旧福田派の流れを汲むタカ派 政権が続く。麻生元首相は吉田茂の孫だから吉田亜流だが、その後の政権交代で鳩山・菅・野田の民主党政権が誕生した。そして、再び政権交代が起こって安倍首相の再登場となり、大きく右に揺れるのである。
 この二〇一二年総選挙が画期であった。「安倍チルドレン」の大量当選など、この選挙で自民党議員の人的構成が大きく変化したからである。旧保守傍流路線の制覇による右傾化、質的な劣化は、このときをもって頂点に達した。

 軍事大国化と右傾化、新自由主義化の進行

 このように、自民党政権においても、福田、中曽根、小泉、安倍政権は「保守傍流・タカ派・岸」の流れを汲む特異な政権であった。福田首相を除いていずれも長期政権を維持したのは、時には米国の要求を値切る保守本流より軍事大国化を志向する傍流の方が米国にとって都合が良かったからであり、右傾化を強める社会意識の変化に適合し、新自由主義的改革路線によって従来の保守支配の構造を打破する強い志向性を持っていたからである。
 森政権以降、次第に「保守傍流・タカ派・岸」の流れが強まっていく。民主党の結成やみんなの党、生活の党、維新の党など第三極諸党の結成によって「保守本流・ハト派・吉田」の流れを汲む勢力や個人が自民党の外に流出した。そのために自民党内での「保守傍流・タカ派・岸」の勢力の比重が高まったからである。
 こうして自民党は右傾化し、極右政党としての傾向を強めたため、キャッチオール・パーティーとしての性格を薄めて合意形成能力を失った。その結果、合意形成が難しくなればなるほど、さらに右派的イデオロギーによる国民統合を図ろうとして右傾化を強めるという悪循環に陥ることになる。
 同時に、軍事大国化が強まり、自衛隊の海外派兵の動きが具体化してきた。ただし、中曽根政権の時には米国からペルシャ湾への掃海艇派遣が要請されたが、旧田中派出身の後藤田正晴官房長官は「閣議ではサインしません」と迫って派遣を断念させている。
 しかし、小泉政権の時にはこのような制止は働かず、イラクの復興支援という名目で自衛隊が派遣された。今後、安保法制が整備されれば、「国際平和支援法」という海外派兵のための恒久法ができ、他国(軍)を守るために自衛隊が海外に送られ、米軍などとの共同作戦や「後方支援」に従事し、国連平和維持活動(PKO)でも活動範囲を拡大して治安維持や駆けつけ警護などができるようになる。
 新自由主義化についても、中曽根政権以来の規制緩和路線の終着点が近づいているように見える。それは「臨調・行革路線」として始まり、小泉政権による「構造改革」へと受け継がれ、安倍政権の労働の規制緩和路線の再起動によって総仕上げされようとしている。
 労働者派遣法の改定も労働基準法の改定も、共に原理的な転換を含んでいる。それは規制緩和の量的な拡大ではなく、派遣事業や労働時間についての質的な変化をもたらすことになるだろう。派遣は「一時的・臨時的」なものではなくなり、「常用労働者」に対する代替がすすみ、正規労働者が派遣などの非正規労働者に置き換えられることになる。労働時間に対する制限が撤廃され、労働に対する時間管理という考え方自体が時代遅れであるとして否定されるにちがいない。

 突出した軍事偏重

 このような変化において、安倍首相における軍事偏重はどの首相よりも突出しており、際立った特徴となっている。確かに、岸首相や鳩山一郎首相なども憲法改正と再軍備を主張し、中曽根首相も「日本列島不沈空母論」や「三海峡封鎖論」を唱えた。安倍首相もその「伝統」を受け継いでいる。しかし、安倍首相の場合には、発言だけでなく実際の政策変更によってその具体化を急速に進めてきた。
 第一に、安倍首相はどの首相よりも自衛隊への親近感を示している。二〇一三年に幕張メッセで開かれたイベントを訪問した際、ヘルメットに迷彩服姿で戦車に乗るというパフォーマンスを見せたことは象徴的だった。航空自衛隊松島基地を訪問した際には細菌兵器の人体実験を行った旧陸軍731部隊と同じ機体番号の戦闘機に搭乗して顰蹙を買った。中谷防衛相や佐藤正久参院議員など自衛隊出身者の重用も目立つ。
 第二に、安倍首相は「積極的平和主義」を掲げ、軍事的対応による平和構築や秩序の安定を重視している。日本だけでなく国際社会の平和のために能動的・積極的な役割を果たすことだとされているが、その中核には自衛隊が位置付けられている。二〇一三年一二月閣議決定の「国家安全保障戦略」では、この積極的平和主義が基本理念とされた。
 第三に、「海外で戦争する国」になるための既成事実化が図られてきた。システム、ハード、ソフトの面で専守防衛の平和国家路線からの転換が目指されている。このような姿勢はこれまでの全ての自民党政権以上に顕著となっている。
 まず、法・制度の改変によるシステムの整備という点では、第一次安倍内閣時における防衛庁の防衛省への昇格、第二次内閣になってからの国家安全保障会議(日本版NSC)と国家安全保障局の新設による戦争指導体制の整備、武器輸出三原則から防衛装備移転三原則への変更による禁輸から輸出へという一八〇度の転換、政府開発援助(ODA)大綱の「開発協力大綱」への変更による非軍事目的の他国軍への支援の容認、背広組優位を転換して「文官統制」規定を廃止した防衛省設置法一二条の改正、日豪・日露・日英間での外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2)の設置などが目につく。
 次に、自衛隊の「戦力」化と在日米軍基地の強化などの「ハード」の整備という点では、前述の国家安全保障戦略とともに新防衛計画の大綱や新中期防衛力整備計画(五年間で二五兆円)の閣議決定、陸上総隊の新設と「水陸機動団」編成による日本版海兵隊の新設、軍需産業と一体での武器技術の開発・調達・輸出を推進する防衛装備庁の新設、防衛省による武器に応用できる大学での研究の公募開始、沖縄・普天間基地移設を名目とした辺野古新基地建設の強行などを挙げることができる。二〇一六年度予算の概算要求では、オスプレイの購入、イージス艦の建造、新型空中給油機の取得なども計上されている。いずれも海外展開を視野に入れた要求に見える。
 さらに、世論対策と教育への介入などの「ソフト」の整備という点では、首相官邸によるマスコミへの懐柔と干渉、NHK会長や経営委員への「お友達」の選任、特定秘密保護法の制定による軍事機密の秘匿、情報の隠蔽と取材規制、改正通信傍受法案(盗聴法案)・刑訴法改定法案の提出、教育再生実行会議による教育への介入、教育委員会や教科書内容・選定への干渉、愛国心の涵養や道徳の教科化などによる「戦争する心」作りなどが着手されている。
 「海外で戦争する国」に向けての準備は安保法制に限られない。このような形で、総合的、全面的な政策展開がなされ、着々と既成事実化している点に注目し、警戒する必要がある。

 3 「統治政党」としての能力の喪失

 「本流」となった旧保守傍流路線

 このようにして、旧保守傍流路線は自民党内での正統性を確立し、今日では「本流」となっている。派閥の系譜から言えば、その転換点は森喜朗政権の成立だが、政策内容や政治手法の点では、その後の小泉政権が画期だったと思われる。小泉政権のもとで自民党内におけるヘゲモニーが大きく転換し、現在の安倍政権において決定的となった。
 第一に、旧保守本流の政治路線の特徴であった解釈改憲路線は、明文改憲と実質(立法)改憲をも含み込んだ総合的な改憲路線に転換した。安倍政権は閣議決定によって集団的自衛権の行使容認についての解釈を変更し、将来の九条改憲を展望しつつ安全保障法制の整備という立法によって実質的な改憲を行おうとしている。
 第二に、経済主義路線も政治主義路線に席を譲った。経済優先の政策によって政治的な対立を避け利益誘導などを通じて政治を運営するというやり方から、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加、特定秘密保護法や安全保障法制など、与野党間だけでなく与党内に対立と抵抗を生み出すような政治課題を正面からかかげることに躊躇しなくなったからである。
 第三に、対米協調路線は対米従属路線へと変質した。とりわけ、アメリカからの軍事的要求に対しては、憲法上の制約を盾に一定の抵抗を示してきた「保守本流・ハト派・吉田」の流れとは異なり、その憲法上の制約自体を取り払って全面的に受け入れようとしている。「協調」から「従属」への転換は、「右翼の民族主義者」だったはずの安倍首相によって完成されつつある。
 さらに第四に、政治手法としての合意漸進路線などは見る影もない。野党はもとより国民との合意は最初から問題とされず、独善的で強権的な政治運営が際立っている。国民の批判と反発は安全保障法制の内容だけではなく、初めに「結論ありき」で聞く耳を持たず、断定的な口調で異論を封じる唯我独尊的な手法や民意を無視した強引で拙速な国会運営に対しても向けられている。
 こうして、自民党内では本流とされてきた穏健保守=プラグマチストから急進極右=リビジョニストへのヘゲモニーの転換が生じた。それは現行憲法を前提とする現実的な対応から憲法体制の修正による「戦後レジームの脱却」、より正確には「戦前レジームの開始」を意味することになるだろう。

 部分政党への変貌と小選挙区制の害悪

 以上のように、リベラル派の離脱によって旧保守傍流政権がヘゲモニーを確立した結果、軍事大国化、右傾化、新自由主義化が進んできた。それに伴って自民党は国民的合意を調達する能力を失い、民意から乖離し、社会の右側に集まっている一部の民意を代表するだけの部分政党に変貌してしまった。
 自民党内でさえ影の存在であった安倍首相とその仲間たちが政権を担当できる理由がここにある。安倍政権の閣僚・党役員では、日本会議(日本会議国会議員懇談会)、神政連(神道政治連盟国会議員懇談会)、みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会などの超タカ派で極右改憲勢力に属する議員が大半を占めている。なかには、在特会(在日特権を許さない市民の会)やネオナチ団体「国家社会主義日本労働者党」と親和的な人物もいる。
 このように、一部の民意を代表するにすぎない部分政党が政権を担当できるのはどうしてなのか。その部分政党で、「官邸支配」とも言うべき強権体制が生み出されたのはなぜか。そのカラクリは小選挙区制という選挙制度とその政治的効果にある。
 第一に、小選挙区制は少数を多数に変えてしまう「ふくらまし粉」効果を持っている。昨年の総選挙で、自民党の絶対得票率(有権者内での得票割合)は、小選挙区で二四・五%、比例代表で一七・〇%にすぎなかった。自民党が代表する「一部の民意」とは、正確に言えば、有権者の四分の一から六分の一ほどにすぎない。それなのに「虚構の多数派」を形成できるのは小選挙区制のカラクリによる。
 しかも第二に、小選挙区制は公認権を握る執行部の力を強大にした。大政党に有利で、公認されればほぼ当確が決まってしまうからである。しかも、「抵抗勢力」になれば「刺客」という対立候補が立てられ、国会から放逐されるという実例が小泉政権時代の「郵政選挙」によって示された。異論が表面化しない「大政翼賛会的」な構造を支えているのは、このような小選挙区制の政治的効果なのである。
 第三に、その結果、自民党は党内での緊張感を弱め、地域や地方での手足を失うことになった。派閥の力が弱まって集権化が進み、二世議員や三世議員が増え、選挙区との日常的なつながりが薄まった。派閥の新人発掘機能や議員への教育・訓練機能も失われ、若い候補者が政治家として鍛えられるチャンスが減った。その結果、「こんな人が」と思われるような不適格者も国会議員になってしまう。

 国民統合に向けての工作と「虚構」の崩壊

 こうして、部分政党となった自民党は政権政党としての合意形成能力や統治能力を弱体化させた。それを補うために用いられている手段が、第一にマスコミへの介入による情報操作であり、第二に対外的危機感の醸成であり、第三に排外主義や愛国心などのイデオロギー支配の強化である。
 特定秘密保護法やマスコミ工作によって情報が左右され、北朝鮮の核開発やミサイル実験、中国の海洋進出や軍事費の増大などが喧伝され、教科書の採択や教育内容への介入などによって、真実を隠蔽して政権への求心力を高めようとしている。
 しかし、このような国民統合に向けての工作にもかかわらず、少数支配の「虚構」が崩れ始めた。小選挙区制のカラクリによって隠されていた本当の民意が、集会やデモ、世論調査での反対の多さや内閣支持率の低下という形で、はっきりと目に見えるようになってきている。「虚構」に対する「実像」の可視化である。
 国会での自公両党の多数議席は小選挙区制が生み出した「虚構」の上に築かれた「砂上の楼閣」にすぎない。安倍首相がこの「虚構」を頼みに民意に反する強権的な行動に出たため、この「楼閣」は崩れ始めている。内閣支持率が三割を割って自民党支持率を下回り、両者の合計が五〇%を切るとき政権の黄昏が訪れる。これがこれまでの経験則であった。その経験則がいま、試されようとしている。

 4 自民党の危機

 内外政策における破たん

 九〇年代初めのバブル崩壊によって右肩上がりの時代は終焉した。その後の新自由主義の台頭、貧困化と格差の拡大などによって、日本社会は新たな困難に直面するに至った。しかし、自民党はもはやこれらの問題を解決する能力を持たない。
 安倍政権は地方創生、女性の活躍推進、少子化対策などを政権の「目玉政策」として掲げている。これらはこれまでの自民党政治の結果として対応せざるを得なくなった矛盾ばかりである。しかも、地方創生とTPP参加や農業改革、女性進出と非正規化推進の「生涯ハケン」法案(労働者派遣法の改定)、少子化と「残業ゼロ」法案(労働基準法の改定)など、打ち出された政策は相互に矛盾している。自民党が政策的な問題解決能力を失っている一例にほかならない。
 アベノミクスも破綻しつつあるが、その「成長戦略」の柱には、医療や武器輸出も据えられている。病気にせよ戦争にせよ、「人の不幸」を食いものにして経済成長を図ろうという「戦略」である。このような発想そのものが根本的に間違っている。
 外交・安全保障政策においては「周回遅れの対米従属」路線を選択しようとしている。「海外で戦争する国」になって米軍を補完ないし肩代わりすることは、米国の力の衰退、日本への軍事分担要求の増大、国際的な役割発揮への意欲などを背景としているが、それは失敗した「アメリカの道」の後追いにすぎない。
 安倍首相に近い米国内のカウンター・パートナーは共和党ですらない。その内部にある極右勢力のティーパーティー(茶会)である。当初、民主党リベラル派のオバマ大統領が安倍首相に対して警戒感を抱いたのは、このような勢力との親近性のゆえであった。
 このような警戒感は安倍首相の靖国神社参拝によって強められ、それを払しょくして米国に取り入るために、TPPや軍事分担などの面での対日要求を受け入れざるを得なくなった。その結果、日本をアメリカの多国籍企業の市場として開放し、日本の自衛隊を米軍の補完部隊として提供しようとしている。
 安全保障法制は米国の要求への屈服であり、二〇一二年夏に発表された「第三次アーミテージ・ナイ・レポート」への「満額回答」であった。周辺諸国との和解と友好関係の構築にとっての最大の障害は安倍首相自身だというジレンマもある。これこそ対外政策の破綻を示す象徴的な事例にほかならない。

 安倍首相の誤算

 安倍首相が陥っているジレンマはこれにとどまらない。保守本流路線からの転換が引き起こした誤算によって、自民党は危機に直面することになった。
 第一に、明文改憲路線を打ち出して憲法が政治的争点の中心に座ることになったため、現行憲法や九条の意義、立憲主義の意味などについて改めて国民の理解が深まった。その結果、安倍首相は当初めざしていた九六条改憲を断念し、集団的自衛権の行使容認についても九条改憲への直進ではなく閣議決定による解釈改憲と安全保障法制による立法改憲を先行させるという形で戦術転換を余儀なくされた。
 第二に、政治主義路線への転換によって対立が深まり、安保闘争時と同様に国論が二分されることになったため、政治的覚醒と民主主義の活性化が生じ、安保闘争に似た状況が生まれた。量的な規模では及ばないとはいえ、組織的動員ではなくSNSなどの通信手段を駆使して個人が自主的自発的に参加し、若者や母親、学者や学生などの幅広い階層が加わり、地方や地域でも議会での決議やデモが広がるなど、運動は新たな人々に広がりを見せている。
 第三に、合意漸進路線の放棄によって与野党対立が深まったため、国政に緊張感が生じて国会審議が活性化するとともに、民主党が元気になり、共産党への支持が増えている。とりわけ、総選挙など各種選挙で共産党の議席や得票が増えている。安倍政権の強硬急進路線による治的受益者が共産党であるという点は、安倍首相にとって誤算であるにちがいない。
 以上のような変貌の結果、表面的な「一強多弱」とは裏腹に自民党は危機に陥ることになった。
逆に、野党は政治的な資産を蓄えつつある。いわば安倍首相による「政治的プレゼント」と言える。
 しかし、それが現段階では政党支持率のはっきりとした変動、とりわけ野党に対する支持率の増大に結びついているわけではないことに留意しなければならない。民主党再生への道は険しく、維新の党は分裂寸前で、第三極諸党に対する不信感も払しょくされていない。
 この間に蓄えた政治的資産を最大限に生かし、政権批判の受け皿という新たな選択肢を提供することが今後の課題であろう。そのためには、気分としての「反自民」、政策としての「半自民」というような立ち位置と政策の中途半端さを克服し、来年の参院選をも展望しつつ安倍政権に対する対抗と政策転換の方向性を明確にする必要がある。
 この間の安全保障法制に対する反対運動で培われた協力・共同の経験を生かして、草の根の地域から国会内や国政に至るまでの幅広い共闘を構築し、安倍首相の退陣を実現して政治を変えていくこと――これこそが安倍首相による「政治的プレゼント」を最大限に活用する道にほかならない。

主権者が立ち上がるとき時代は動く (2015.08.31)

 すごい数でした。昨日の国会周辺での戦争法案反対10万人大行動です。
 このようにして主権者が立ち上がるとき、時代は動くのだということを実感しました。このような民意によって政治が変われば、そのときこそ民主主義が作動したことになります。

 この日の午前中、私は熱海後楽園ホテルで開かれた神奈川土建組織活動者会議で講演しました。参加者は500人で、これもすごい数です。
 会場のホールをとりまくように各支部の組合旗が飾られており、迫力満点です。この日の午後一番で「戦争法案反対全国100万人大行動」に呼応して、500人の参加者でプラカードを掲げてコールを行うと言っていました。
 これは実行されたようです。その様子が東京土建のホームページhttps://www.facebook.com/kanagawadoken/posts/1042413225792793にアップされています。

 ここでの講演が終わってすぐ熱海駅に向かい、新幹線で東京駅、そこからタクシーで国会図書館裏に行きました。憲法共同センターの宣伝カーからスピーチする予定だったからです。
 その場所では懐かしい友人・知人にも会いしました。ただし、ずっとそこにいましたので、国会議事堂の姿も正門前の道路を埋め尽くした人々の姿も見ずじまいです。
 この日、国会周辺に集まった人々は主催者発表で12万人、警察情報で3万人とされています。その「国会周辺」の人々の数に、国会図書館の裏にいた私たちは入っているのでしょうか。

 宣伝カーから、民主党の小川敏夫参院議員、共産党の池内さおり衆院議員、社民党の吉田忠智党首、ミサオ・レッドウルフさんなどとともに、私もスピーチさせていただきました。「若手の憲法学者」の方の発言がありましたので、「古手の政治学者」として発言させていただいたというわけです。
 「政府・与党は戦争立法を平安法と呼んでくれなどと言っているけれど、平安時代の法律なのか。憲法に違反することは明らかだ。イケンの法律を成立させてはイケン。反対イケンを国会にぶつけよう」と、「イケン」3連発をぶちかましました。
 日本を守ると言いながら他国を守れるようにする、安全を確保すると言いながら自衛隊員や国民を危険に晒そうとする、国際社会の平和と安全に貢献すると言いながらアメリカによる無法な戦争の手伝いができるようにする――そのどこが平和と安全のためになると言うのでしょうか。しかもそれを、政府による憲法解釈の変更だけでやってしまおうと言うわけですから、内容もやり方も憲法違反で立憲主義に反しています。

 阪神タイガースのファンが戦争法案に反対して「反戦タイガース」を結成したそうです。私もタイガース・ファンですので、勝手に「反戦タイガース」を名乗らせていただきます。
 このように、今回の戦争法案反対運動には、自主的、多世代、全国規模という特徴があります。これまでの政治運動とは異なる新しい運動の質と広がりが生まれていると言えるでしょう。
 その背後には、インターネットやSNSなどの新しい情報通信手段の普及という技術的条件が存在しています。政治をめぐる情報戦において、民衆は新しい武器を手に入れ、それを存分に活用しているということです。

 昨日の国会正門前の集会で、民主党・共産党・社民党・生活の党の野党4党首があいさつして手を握りました。この4党の連立こそ、これから目指すべき新しい民主的政府の姿だと言えるのではないでしょうか。
 政府・与党は9月11日までに参院での採決を狙っているようです。もし、採決を強行すれば国民の怒りはさらに高まり、自公政権に代わる新しい民主的政権樹立に向けての機運も生まれるにちがいありません。

 戦争法案は廃案に追い込むしかありません。安倍政権は打倒するしかありません。 
 そしてそれをめざした反対運動の高まりを、自公政権に代わる新たな統一戦線と民主的政府樹立へと結びつけること――これが、これからの課題なのではないでしょうか。



戦争法案の準備とともに進められてきた既成事実化の数々 (2015.08.29)

  安倍首相ぼど「軍事大好き総理」は、今までいなかったと言って良いでしょう。確かに、岸首相や鳩山一郎首相なども憲法改正と再軍備を主張しました。
 また、中曽根首相も「日本列島不沈空母論」や「三海峡封鎖論」を唱えました。安倍首相もその「伝統」を受け継いでいます。
 しかし、安倍首相の場合は、発言だけではありません。実際の政策変更によってその具体化を急速に進めてきており、この点に大きな特徴があります。

 安倍首相は、これまでのどの首相よりも自衛隊への親近感を示しています。今まで、ヘルメットに迷彩服姿で戦車に乗るというようなパフォーマンスを見せた首相がいたでしょうか。
 航空自衛隊松島基地を訪問した際、細菌兵器の人体実験を行ったとされる旧陸軍の731部隊と同じ機体番号の戦闘機に搭乗して顰蹙を買いました。過去において、このような首相がいたでしょうか。
 このような「軍事大好き総理」で自衛隊への親近感を抱いているからこそ、軍事力の活用を中核にした「積極的平和主義」を打ち出し、「専守防衛」を踏みにじって「海外で戦争する国」に、この国を変えようとしているわけです。

 そのために提案されているのが、今国会で審議されている戦争法案です。しかし、それはほんの一部にすぎません。
 「海外で戦争する国」になるために、それ以外にも着々と既成事実化が図られてきたことを見逃してはなりません。その推進主体は、安倍首相です。
 そもそも、「海外で戦争する」ためには、システム、ハード、ソフトという3つの面での具体化が必要になります。これらのうちのどれが欠けても「海外で戦争する」ことは困難になりますから、その整備・具体化が進められてきたのも当然です。

 第1に、法・制度の改変による「システム」面の整備です。その中核をなすのは、現在審議されている憲法違反の戦争法制の整備です。
 すでに、第一次安倍内閣の時には防衛庁の防衛省への昇格がなされています。第二次安倍内閣になってからは、国家安全保障会議(日本版NSC)と国家安全保障局の新設による戦争指導体制の整備が行われました。
 これに、武器輸出三原則から防衛装備移転三原則への変更によって禁輸から輸出へという180度の転換がなされ、政府開発援助(ODA)大綱の「開発協力大綱」への変更による非軍事目的の他国軍への支援が容認され、背広組優位を転換して「文官統制」規定を廃止した防衛省設置法12条が改正され、日豪・日露・日英間での外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2)の設置などが行われています。いずれも、戦争するために必要なシステムの改変でした。

 第2に、自衛隊の「戦力」化と在日米軍基地の強化などの「ハード」面の整備です。2013年12月には国家安全保障戦略が閣議決定されましたが、このとき同時に、新防衛計画の大綱や新中期防衛力整備計画(5年間で25兆円)も閣議決定されています。
 自衛隊の「戦力」化という点では、5機のヘリが同時に発着できる海自最大の「空母型」護衛艦「いずも」(今年3月に就役)と同型のヘリコプター搭載護衛艦の進水式が27日に行われ、旧日本海軍の空母「加賀」と同じ「かが」と命名されました。このほか、「島しょ防衛」を口実にした陸上総隊の新設や「水陸機動団」編成による日本版海兵隊の新設、軍需産業と一体での武器技術の開発・調達・輸出を推進する防衛装備庁の新設、武器に応用できる大学での研究についての防衛省による公募開始などがあります。
 在日米軍基地の強化という点では、沖縄・普天間基地問題の解決を名目とした辺野古での巨大新基地建設や高江でのヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)建設、普天間基地への垂直離着陸機オスプレイの追加配備、京都府京丹後市の経ケ岬通信所への弾道ミサイル探知・追尾用レーダー(Xバンドレーダー)の配備、横須賀基地での原子力空母の新鋭艦への交代やイージス艦2隻の追加配備、三沢基地への無人偵察機の初展開などがあります。

 また、2016年度予算に対する防衛省の概算要求も4年連続の増加となっています。5兆911億円(15年度当初予算比2.2%増)という概算要求は過去最大のものとなりました。
 この中には、垂直離着陸輸送機オスプレイの購入、イージス艦の建造、新型空中給油機の取得なども計上されています。航続距離が長く、大量の物資を遠くまで運べる装備の充実がめざされていることは明らかです。
 いずれも、海外展開を視野に入れた要求に見えます。「海外で戦争する」ための部隊の編成と装備の充実が図られようとしており、戦争法案が成立すれば国家予算の使い方も大きく変容するにちがいありません。

 第3に、世論対策と教育への介入などの「ソフト」面の整備です。この点では、首相官邸によるマスコミへの懐柔と干渉が際立っていると言って良いでしょう。
 ご存知のように、NHK会長や経営委員に安倍首相の「お友達」が選任され、アベチャンネルとなってニュースの報道が政府寄りに歪められてしまいました。このほか、特定秘密保護法の制定による軍事機密の秘匿、情報の隠蔽と取材規制、改正通信傍受法案(盗聴法案)や司法取引を導入する刑訴法改定法案の提出なども相次いでいます。
 また、教育への介入という点では、教育再生実行会議による「教育改革」が進められ、愛国心の涵養や道徳の教科化などによる「戦争する心」作りが着手されています。自民党などによる教科書内容への干渉も強まり、育鵬社版教科書の採用への圧力も大きくなっています。

 このように、「海外で戦争する国」に向けての準備は、戦争法案に限られません。以上に見たような形で総合的全面的な政策展開がなされ、既成事実化している点に注目し、警戒する必要があります。
 これらの事実を垣間見ただけでも、戦争準備が着々と進められていることが分かります。日本は、すでに「戦後」ではなく「戦前」になろうとしているのかもしれません。
 そのような道を拒むためにも、戦争準備のためのシステム整備の中核となっている戦争法案を廃案にする必要があります。日本はいま容易ならざる段階にさしかかりつつあるということを直視し、行動に立ち上がろうではありませんか。

 なお、明日の国会前行動では、憲法共同センターの運営する宣伝カーステージでスピーチすることになりました。場所は国会図書館の裏です。
 渾身の力を込めて話をさせていただきます。多くの方に聞いていただければ幸いです。



10万人国会包囲と100万人大行動こそ「革命」の始まりだ (2015.08.27)

  戦争法案廃案!安倍政権退陣!総がかり行動実行委員会」が呼びかけている8月30日(日)の「国会・日比谷10万人・全国100万人大行動」に参加しましょう。私も、この日の午前中は熱海で講演ですが、それが終わった後、国会前に駆けつけるつもりです。

 革命的な情勢を生み出す条件とは、被支配階級がもはや支配を受け入れなくなっただけでなく、支配階級が今まで通りの支配を維持できなくなること、そして人民の行動力が急速に高まることであると、レーニンは述べています。今の日本は、戦争法案をめぐってこのような条件が生まれつつあるのではないでしょうか。
 平和と民主主義を求める人々の「革命」の始まりは8月30日になりそうです。この日、国会前と日比谷公園に10万人、全国で100万人が戦争法案反対の大行動に立ち上がって廃案を求めることが呼びかけられています。
 このブログを目にしている全ての方が、何らかの形でこの行動に参加されることを呼びかけたいと思います。そうすれば、あなたはもう「革命家」です。

 参院の特別委員会で戦争法案についての国会審議が続いています。法案の内容の危険性や政府の説明のデタラメぶりが、さらにいっそう明らかになりました。
 半島有事における米艦防護について、邦人を輸送していなくても防護の対象になると、中谷防衛相は答弁しました。昨年5月15日と7月1日の記者会見で、安倍首相は邦人の母子を運ぶ米艦のイラストを示し、この米艦を守ることができるようにするために集団的自衛権の行使が必要だと言っていた説明は何だったのでしょうか。
 邦人を乗せていない公海上の米艦が攻撃されたとしても、それが直ちに我が国の存立を脅かす「存立危機事態」だなどと言えるはずがありません。やはり、戦争法案は日本の安全や存立とは無関係に米軍を助け補完するための法律であるということが、この答弁からも分かります。

 また、イラク戦争に際しての民間人の動員について、武器・弾薬を含む物資や人員の輸送で「総輸送力の99%を民間輸送力に依存」していたこと、日本とクウェート間の要員の輸送についても「民間航空機で100回」などと中谷防衛相は答弁しました。いつ戦場となるか分からない「後方支援」のために、自衛隊だけでなく民間企業が動員される可能性があるということになります。
 そもそも、最近では「戦争の民営化」が進んできていました。横須賀に入港する米潜水艦の乗員の半分近くは民間企業の社員だとも言われており、イラクのファルージャの戦闘には民間の軍事会社が参加し、IS(イスラム国)に殺害された湯川さんも入国目的は戦争ビジネスの下見だったと言われています。
 自衛隊だけでなく輸送や建設など戦争関連の企業や社員にとっても戦争法案は無縁ではないということになります。しかし、この法案には、このような形で戦争に動員され協力させられる民間人の安全確保については全く触れられていません。

 これ以外にも、自衛隊の中央即応集団の隊員が「研修」名目で米軍の特殊部隊との共同訓練を行っていたこと、民間企業の新入社員を「実習生」として2年間自衛隊に派遣する制度を検討していたことなどが明らかになりました。戦争法案は、このような実態とともに具体化されようとしています。
 「海外で戦争する国」の実現に向けて着々と既成事実化が進んできており、事態は容易ならざる状況に至っているというべきでしょう。戦争法案の阻止だけでなく、安倍首相の退陣そのものを目指すべき理由がここにあります。
 8月30日を起点とした「革命」的な状況を生み出すことによって安倍政権を倒しましょう。消費税の増税、戦争法案の提出、原発再稼働、TPP参加交渉、沖縄新基地建設などが次々と繰り出されてきましたが、パンドラの箱にはなお安倍退陣という希望が残されています。

 「革命」とは、必ずしも短期間の突発的な運動の高揚や政治的な変革を意味しているわけではありません。「明治維新」でさえ、1853年のペリー浦賀来航から1868年の明治新政府樹立まで15年もかかっていたのですから……。
 「2015年8月30日に、あなたはどこで何をしていたのか」と、将来、いつの日か問われることがあるかもしれません。「その日は戦争法案の廃案を求めて国会前にいた」と、そのときには答えられるようにしたいものです。


「戦争法案」の衆院特別委員会での強行採決を糾弾する (2015.07.15)

 衆院特別委員会で、「戦争法案」の強行採決が行われました。このような暴挙を断じて許してはなりません。強く糾弾するものです。

 強行採決の方針は、昨日の特別委員会の理事会で自民党によって示されました。その時、私は「安保関連法案に反対する学者の会」の一員として国会にいました。
 学者9766人の廃案要請を携えて、各党への申し入れを行うためです。佐藤学さん、広渡清吾さん、上野千鶴子さん、内田樹さん、間宮陽介さんなど14人の研究者が参加しました。
 私は民主党の長妻昭議員の部屋に行きましたが、同時刻に理事会が開かれていたため不在で、秘書の方が応対してくださいました。明日にも強行採決があるかもしれないという緊迫した国会情勢が話され、私たちは最後まで反対を貫くよう要請して激励してきました。

 今日の朝日新聞の一面には「イラン核協議 最終合意」という記事が出ています。先日は自民党の二階総務会長が3000人の代表団を連れて中国を訪問し、安倍首相も訪中の可能性を探っているという記事が出ていました。
 このような時に、どうして「戦争法制」なのか、と誰もが不思議に思うことでしょう。「安全保障環境」は「悪化」しているどころか、明らかに「改善」しているのですから……。
 その必要性が分からないような法案を、なぜ今、無理やり成立させようとするのでしょうか。世論調査では反対が多く、石破さんや安倍首相自身でさえ国民の理解が進んでいないことを認めているというのに……。

 政府・与党は59年の砂川事件最高裁判決と72年の閣議決定を集団的自衛権行使容認の根拠として示しています。しかし、この判決と閣議決定によって集団的自衛権の行使が認められるようになったというのであれば、どうしてその時に集団的自衛権行使容認という憲法の解釈変更を行わなかったのでしょうか。
 砂川判決からは半世紀以上も経ってから、閣議決定からでも半世紀近くの歳月を経てからそれを行ったのは、誰もそれが集団的自衛権の行使を容認する内容だと考えなかったからです。それも当然でしょう。集団的自衛権については何も書かれていないのですから……。
 当時は「自衛権」といえば個別的自衛権だというのが常識でしたから、この判決や閣議決定が集団的自衛権の行使を容認するものだとはだれも考えなかったのです。しかも、砂川判決は三審制を無視して地裁から最高裁に跳躍上告され、事前に判決内容が駐日米公使に漏らされていたなど、違法性の強い判決でした。

 今回、それが大きく変わったのは、安倍首相が集団的自衛権の行使容認を打ち出したからです。その意向を汲んで高村さんが「何か使えるものはないか」と探し回ったあげく、見つけたのがこの判決と閣議決定だったのです。
 先に、集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈変更という意図があったのです。そのために歴史の屑籠の中から拾い出されてきたのが、この判決と閣議決定でした。
 しかし、それは「集団的自衛権」の「集」の字も書かれていない「欠陥品」でした。仕方なく、「自衛権」の前に勝手に「集団的」とくっつけて、解釈変更の根拠にでっちあげたというわけです。

 これで騙されるのは公明党ぐらいだったでしょう。いや、その公明党でさえ「欠陥品」であることを知っており、根拠として明示することに反対したため、昨年7月1日の閣議決定では言及されませんでした。
 それなら、このような「欠陥品」ではなく、もっとはっきりと集団的自衛権の行使容認を認める最高裁判決などを根拠にすれば良いのにと、誰もがそう思うでしょう。ところが、そんなものはありません。
 辛うじて使えそうなものは、この二つしかなかったのです。いかに「欠陥品」であっても、使えそうならむりやり使うしかないということで、その後の国会審議で再びこの二つが根拠として示されることになりました。

 与党の仲間である公明党でさえ騙されなかった「欠陥品」です。国民の多くが騙されるはずがありません。
 ということで、審議が進むにつれて、その「欠陥」が次第に明らかになってきました。まして、専門の憲法学者がこのような「欠陥品」によって合憲だなどと納得させられるはずがありません。
 自民党推薦の長谷部早稲田大学教授をはじめ3人の参考人がはっきりと「憲法違反だ」と答えたのは当然でしょう。そう答えなかったら、憲法研究者としての能力と資格が問われたにちがいありません。

 このような問題があってもなお、自民党は特別委員会での採決を強行しました。このことを、忘れないようにしたいものです。
 野党が反対する下での採決の強行は、議会制民主主義の破壊にほかなりません。安保闘争の時は、強行採決の後、議会制民主主義を守れという大波が国会をとりまき、反対運動はかえって大きくなりました。
 今回も、安保闘争のような大波を生み出し、与党の暴挙を糾弾する必要があります。そして、岸首相の退陣を実現した時と同じように、安倍首相を退陣に追い込まなければなりません。

 奇しくも55年前の今日、安保条約の衆院採決を強行して自然成立を図った岸首相は退陣しました。この歴史を繰り返すに足る大波を生み出すことで、安倍政権を打倒しようではありませんか。
 その波の一つになるべく、今日これから、私は国会正門前に行くつもりです。この暴挙の日を忘れないためにも……。



書評:圧巻の追及 まるで法廷劇――『戦争法案の核心をつく―志位委員長の国会論戦』問う』  (2015.06.29)

  〔下記の書評は、『しんぶん赤旗』6月28日付に掲載されたものです。〕


 まさにABCの対決でした。ABは安倍首相でCは日本共産党の志位和夫委員長。
 政治とは言葉であり、言葉による闘いこそ論戦というにふさわしい。その言葉が人々の心をとらえたとき、政治を動かす大きな力を生み出すことになる――本書に記録された志位委員長の国会論戦を読み、その後の「戦争法案」反対運動の急速な盛り上がりを見て、そう思いました。

 反響呼ぶ質疑

 本書は四つの部分からなっています。5月20日の党首討論、5月26日の衆院本会議での代表質問と安倍首相の答弁、そして5月27、28日の衆院安保法制特別委員会での質疑です。
このうち党首討論では、ポツダム宣言について「私はまだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」という安倍首相の発言が大きな批判を浴びました。日本の戦争が「間違った戦争」だと認めたくなかったから、とっさに言い逃れようとして墓穴を掘ってしまったわけです。
 その後の代表質問と特別委員会での質疑は一連のものです。代表質問はいわばダイジェスト版で、そこで提起された「憲法9条を破壊する三つの大問題」が特別委員会での安倍首相との一対一のやり取りで次第に浮き彫りになっていきます。
 一つは、これまで「戦闘地域」とされていた地域まで行って弾薬の補給や武器の輸送などの「後方支援」を行えば「殺し、殺される」危険が高まるのではないか、二つ目は、国連平和維持活動(PKO)協力法改定によってアフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF)のような活動への参加が可能になるのではないか、三つ目は、集団的自衛権の発動によってアメリカが行う先制攻撃に自衛隊が参戦することになるのではないかという問題です。
 この質疑のなかで、イラクに派遣された陸上自衛隊は無反動砲や個人携帯対戦車弾まで携行していたこと、海外派遣の自衛隊員の自殺者が54人にも上ることが示され、大きな反響を呼びました。兵たんを後方支援、武力行使を武器使用と言い変えるごまかしや米国の先制攻撃への参戦の危険性なども明かになっています。

 議席増の成果

 本書を読めば、緻密な論理と豊富な立証で犯人を追いつめる法廷劇のような醍醐味を味わえること請け合いです。志位委員長の質問と追及は圧巻ですが、それをどうごまかすか、答えたような印象を与えつつ核心をはぐらかす安倍首相のテクニックも浮かび上がってきます。そして、時には鋭い追及にたじたじとなり、しどろもどろになる惨めな姿も…。
 志位さんの党首討論への参加も質問時間が長くなったのも、先の総選挙での議席増の成果でした。本書を読んで、「増やしてよかった共産党」との思いを、改めて強くしたものです。




平和な国を次の世代に手渡せるかどうかが問われている  (2015.06.03)

  〔以下の論攷は『明るい長房』第149号、2015年6月1日付、に掲載されたものです。〕



 平安時代の法律か

 安倍内閣は新しい安保法制のための法案を国会に提出しました。自衛隊の海外派遣をいつでもできるようにする「国際平和支援法案」と武力攻撃事態法など現行法の改正案10本を一括した「平和安全法制整備法案」の2本です。
 政府はこれを「平和安全法制」と名付けました。略して「平安法」。「平安時代の法律か」と言いたくなりますが、これだけ「平和」や「安全」という言葉にこだわるのは、これらの法案が全く反対の内容を持っていることをごまかすためです。

 名は体をごまかす

 新しい法律が成立すれば、日本が攻撃されていなくても自衛隊は海外に派遣され、アメリカなどの「多国籍軍」とともに世界のどこでも戦争できることになります。実際には「戦争法案」なのです。「名は体をあらわす」という格言がありますが、これからは、こう変わるにちがいありません。「名は体をごまかす」と……。
 これらの法律が成立すれば、米国が介入したベトナム戦争やイラク戦争などの間違った戦争を手伝わされ、かえって国際平和を害することになります。自衛隊員と日本国民の危険は格段に高まり、安全が損なわれることになるでしょう。防衛費は増大し、国費が無駄遣いされ国民生活にも悪影響を与えます。

 米国の番犬

 山崎拓元自民党副総裁は、「今回の安保法制は、米国のいわば『番犬』となるための法整備となりかねない」と指摘し(4月3日付『朝日新聞』)、日本記者クラブでの講演でも「相当な審議時間を必要とするし、今の国会では未成立に終わるものも出てきてしかるべきだ。野党側も追及すべき点は追及して職責を果たしてほしい」と慎重審議を求めました。
 戦後日本の重大な岐路に際して、戦争か平和かが問われています。「専守防衛」を変質させ、平和国家としての日本の大転換をもたらす「戦争法案」を成立させてはなりません。
 平和な国を次の世代に手渡せるかどうかが、今を生きる私たちすべてに問われているのです。

『安倍政権「戦争法制」を問う』  (2015.05.09)

  〔以下の論攷は、『ひろばユニオン』2015年5月号、に掲載されたものです。〕




 いよいよ戦争への道が始まろうとしています。「戦後70年」は「戦前0年」となるのでしょうか。
 昨年7月1日に集団的自衛権行使を容認する閣議決定がなされました。集団的自衛権とは、攻撃を受けていないにもかかわらず、米国と一緒に武力攻撃に参加することです。日本が戦後、守ってきた「専守防衛」の国是(自国が攻撃を受けていないのに反撃したり、他国間の戦争に加わって海外で武力を行使したりしないこと)を大きく逸脱するものです。
 今年3月20日に、その法案化に向けての与党協議会での合意文書がまとめられ、4月17日には全体像が提示されました。これについて自民・公明両党からの強い異存は出なかったとされています。4月下旬での与党合意や日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の再改定、日米首脳会談などを経て、5月中旬に関連法案が国会に提出されます。通常国会は6月24日までの会期ですが、8月上旬ころまで延長して成立を目指す方針だといいます。
 これらの関連法案は「安全保障法制」の整備だとされていますが、実際には戦争への参加を可能にするための「戦争法制」の整備です。「安全を保障」するというより、自衛隊員をはじめ日本国民の安全を危うくすることになるでしょう。それは安倍首相による軍国主義(ミリタリズム)の具体化を意味するもので、“アベノミリタリズム”の開始にほかなりません。
 これから整備されようとしている「戦争法制」の全体像は、3月20日の与党協議会で合意された「安全保障法制整備の具体的な方向性について」で示されています。それによれば、以下の5つの分野が対象になります。
 第1は「武力攻撃に至らない侵害への対処」で、訓練中の米軍や他国軍の武器警護、離島占拠からの武装勢力の排除、ミサイル発射への警戒・監視などを実施できるようにすることです。これは主に自衛隊法の改定が対象となります。
 第2は「我が国の平和と安全に資する活動を行う他国軍隊に対する支援活動」で、周辺事態安全確保法の「周辺」という概念を削除して地理的限定のない「重要影響事態」を新設し、世界中のどこででも他国軍を支援できるようにすることです。
 第3は「国際社会の平和と安全への一層の貢献」で、「国際社会の平和と安全のために活動する他国軍隊に対する支援活動」と「国際的な平和協力活動の実施」の二つに分かれており、前者は新法として恒久法を制定していつでも他国軍の戦闘支援を可能にすること、後者は国連平和維持活動(PKO)で自衛隊が武装勢力に襲われた他国部隊などを助ける駆けつけ警護、任務遂行のための武器使用、国連が関与しない治安維持や停戦監視活動などを「国際連携平和安全活動」と規定して有志国連合での治安維持任務を可能にすることです。主に国際平和協力法関連になります。
 第4は「憲法9条の下で許容される自衛の措置」で、集団的自衛権行使を「本来任務」にすること、新「3要件」による「新事態」での海外派兵を可能にすることです。主に自衛隊法と武力攻撃事態対処法の改定が対象になります。
 第5は「その他関連する法改正事項」で、@どこでも船舶検査ができるようにすること(船舶検査活動法)、A米軍に対する支援活動や弾薬の提供、給油などを可能にすること(自衛隊法)、B人質になった在外日本人を自衛隊が武器をもって救出できるようにすること(自衛隊法)、C「国家安全保障会議の審議事項」について必要な法改定を検討すること(国家安全保障会議設置法)などとなっています。

戦地派兵 歯止めなし

 以上にみられるように、今回の法改定の内容は多岐にわたっています。これについては、すでに多くの問題点が指摘されていますが、ここでは以下の点を指摘しておきましょう。
 第1に、「集団的自衛権の行使容認」に関するのは第4の分野だけで、それが中心であるとはいえ、「戦争法制」の一部にすぎないということです。それ以外にも、「純然たる平時でも有事でもない事態」(グレーゾーン事態)での自衛隊投入、「周辺」の制約を外した「重要影響事態」の新設や新法「国際平和支援法」(国際「戦争」支援法?)制定による自衛隊の海外展開、PKO法の改定による自衛隊の活動領域や武器使用権限の拡大などが目指されています。
 第2に、「事態」という用語が多用され、分かりにくいものになっているということです。これまでも「武力攻撃事態」などがありましたが、これに加えて、「存立危機事態」「重要影響事態」「国際平和共同対処事態」などが新たに登場しています。このうち、「存立危機事態」は、密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、わが国の存立が脅かされる明白な危険がある事態を示し、集団的自衛権の行使を認める新「3要件」に関連するものですが、他の「事態」は基本的に集団的自衛権とは無関係です。
 第3に、「歯止め」は形だけで、実質的な意味を持っていません。海外派遣の具体的な基準はなく、「明白な危険」とはどのようなものであるかも不明です。公明党が主張している「国際法上の正当性」については「国連決議等」とされ、決議に類するものがあればよく、「国会の関与」も「例外なしに事前承認」とされたものの、「7日以内」という枠がはめられました。自民党が衆参両院で過半数以上であれば、国会でのチェックも働きません。「自衛隊員の安全の確保」に至っては「必要な措置を定める」としているだけで、具体的な内容は不明です。
 第4に、以上の結果、自衛隊員のリスクは格段に高まり、自衛隊発足以来「殺し、殺される」ことのなかった自衛隊員に死傷者が出ることは確実です。「日本と密接な関係にある他国」とありますが、実際には米軍などの「他国軍」であり、その後方支援や機雷除去作業への自衛隊の協力こそが今回の法整備の主眼です。アフガニスタンでの国際治安支援部隊(ISAF)に参加したドイツ軍に54人の死者が出たように、後方支援に限定していても死傷者は避けられないでしょう。

なし崩しの自衛隊派兵

 このような自衛隊の海外派兵は、これまでもなし崩しに進んできました。91年の湾岸戦争がきっかけです。この時、機雷掃海のために海上自衛隊の掃海艇がペルシャ湾に派遣されました。これが初の自衛隊の海外派兵になります。
 翌92年にPKO(国連平和維持活動)協力法が成立しました。これによって陸上自衛隊がカンボジアに派遣され、自衛隊の地上部隊の初めての海外派兵になります。これ以降、モザンビーク(93年)、ゴラン高原(96年)、東ティモール(02年)への派遣などが続きました。
 他方、日米間の軍事協力については、78年に初めてのガイドラインが結ばれ、航空自衛隊初の日米共同訓練が行われています。97年に新ガイドラインの策定があり、99年には周辺事態法など新ガイドライン関連3法が成立しました。
 01年には米国で同時多発テロが発生し、ブッシュ大統領の「対テロ戦争」宣言によって新しい局面に入ります。その後、アフガニスタン戦争が勃発してテロ対策特措法が成立し、海上自衛隊等の補給艦等3隻がインド洋に派遣され、米海軍など外国艦船への給油などに従事します。
 03年にはイラク戦争が始まり、イラク復興特別措置法、武力攻撃事態法など有事関連3法が成立。04年に陸上自衛隊がイラクのサマーワに、航空自衛隊はバグダッド空港に派遣されて米軍などの物資・兵員を輸送します。このとき、イラクの武装グループが日本人3人を拉致して自衛隊の撤退を要求しましたが、交渉によってこの3人は無事生還しています。
 04年には国民保護法など有事関連7法も成立し、08年には失効したテロ対策特措法の後継である新テロ対策特措法を根拠に、再び海上自衛隊がインド洋に派遣されました。09年には、ソマリア沖の海賊行為への対処を目的に海上自衛隊が派遣され、ジブチに基地がおかれます。これは自衛隊唯一の海外基地となり、警備のために陸上自衛隊、物資と人員の輸送のために航空自衛隊も派遣されました。
 11年には、PKO協力法にもとづいて陸上自衛隊が南スーダンに派遣され、首都ジュバとその周辺で道路整備などに従事しました。約400人が駐屯していますが、現地情勢の悪化によって宿営地外での活動は自粛しています。
 このように徐々に拡大されてきた戦争法制整備と海外派兵の集大成が、今回の法整備にほかなりません。なし崩し的に少しずつ既成事実化してきたことを、正々堂々と幅広くやれるようにしたいということです。いつでも、どこでも、先制攻撃を含むどのような戦争についても、政府の一存で米軍などとの共同作戦に加われるようにしたいということでしょう。

アジア諸国の眼

 自衛隊が海外の紛争に関与しやすくなり、武器の使用範囲が拡大し、「現に」戦闘行為が行われていないというだけで戦場に送られれば、死傷者が出ることは火を見るよりも明らかです。自衛隊員にとっては、これまで以上にリスクの高い任務に従事させられることになります。しかし、問題はそれだけではありません。
 第1に、地方自治体や国民も戦争協力に向けて動員される可能性が高まります。国民保護法では、国や自治体の動員が定められており、自衛隊が防衛出動命令を受ければ、民間企業(指定公共機関)や地方自治体も組み込まれ、不動産の使用や物資の収容が可能となり(徴発)、医療・建設・輸送などの従事者には業務従事命令が出される(徴用)危険性があります。最近の戦争は「民営化」が進み、輸送や警備などに民間企業が動員され、社員の犠牲者が出る例も生まれています。
 第2に、海外派兵のための特別の部隊や装備のために税金が無駄遣いされます。防衛費は3年連続で増加し、今年度は過去最高の4兆9801億円となり、オスプレイ、無人偵察機、水陸両用車購入が予定されています。13年12月に新しい「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」が閣議決定され、5年間で25兆円の防衛費と、水陸機動団の編成、ヘリ空母型の巨大護衛艦6隻、イージス艦8隻の保有などが計画されています。いずれも自衛隊の海外展開を可能とする装備です。
 第3に、イスラム過激派など米国に敵対する勢力から敵視され、日本人が狙われる危険性が高まります。イラク戦争では1人が殺害され、アルジェリアでは10人が殺害されました。今年はIS(イスラム国)による2人の殺害という事件が起きました。米軍との軍事協力が深まるにつれて日本人の被害が増えていることが分かります。さらに日米同盟が強化されれば、海外の日本人だけでなく、国内でのテロ事件の発生を引き起こす危険性を高めるでしょう。
 第4に、日米同盟の強化は日本の国際的孤立を招く可能性を高めます。国際秩序が多極化する中でアメリカの国際的地位が低下しているからです。アジアインフラ投資銀行(AIIB)の例が示すように、アメリカに追随した日本はカヤの外に置かれる形になりました。力を弱めてきているアメリカへの追随と、アジアでの影響力を強めている中国を敵視する外交がいかなる失敗をもたらすかを、このことは明瞭に示しています。
 第5に、「武力に頼らない平和構築」の可能性を狭めることになります。紛争処理に従事してきた伊勢崎賢治東京外語大教授は「自衛隊のイメージにフィットすると思っているのは非武装の軍事監視団、停戦監視団」だと言っていますが、軍事力へのコミットを強め米軍との戦争協力体制を整備すれば、このような日本独自の役割の発揮は困難になります。それは、国際紛争解決のための唯一の道を閉ざすことになるでしょう。
 戦後の日本は、戦前とは違う国となったこと、平和国家に生まれ変わったことを、アジアの国々に理解してもらうことに努めてきました。引っ越すことのできない日本は、近隣諸国と和解して歴史問題を解決することでしか、アジアでは生きていけないからです。
 しかし、安倍政権は歴史認識と外交・安全保障政策の戦前回帰によって、そのような努力を放棄してしまいました。それは日米同盟の強化のためだとされていますが、アジア諸国との良好な関係がなければ米国の信頼も得られません。安倍首相が最も理解していない重要なポイントです。
 紛争や戦争のない世界、不信や対立のないアジア、そして米軍や基地のない日本。このような将来のビジョンにどう近づいていくのか、そのために役立つような選択なのか。これこそが、今後の日本の進路を考えるうえで忘れてはならない視点なのではないでしょうか。


戦争立法の全貌を解明する  (2015.05.08)

 〔以下の講演記録は、『東京革新懇ニュース』第402号、2015年5月5日号、に掲載されたものです。〕



「海外で戦争する国」にしないために

 戦争立法に関する与党大枠合意が行われたもとで、東京革新懇は4月6日に、五十嵐仁元法政大教授を講師に緊急学習会を開催しました。要旨を紹介します。

 安倍首相の野望は、新「富国強兵」政策によって覇権大国を復活させ歴史に名を残すことだ。「海外で戦争する国」に向けて、解釈改憲・立法による実質改憲・明文改憲のうちの第2段階が始まった。「大きくてギラリと光る国」をめざしている。
 
T.「戦争立法」の内容と問題点

1、「戦争立法」の構成と内容
  略

2、「戦争立法」の問題点
(1)集団的自衛権の行使容認に向けて、いつでも、どこでも、どのような戦争にも関与・協力できるようにするための法的整備は「戦争立法」そのものだ。
(2)歯止めとしての@国際法上の正当性、A国会の関与、B自衛隊員の安全確保は誤魔化しだ。「国連決議等」「原則国会の事前承認」などの抜け穴がある。戦争目的の海外派兵、現に戦闘中の現場への派遣、強制的な臨検、武器の供与以外は全て可能だ。
(3)新3要件は、政府の裁量によって事実上無制限に拡大する危険性がある。

3、直接は関係ないと考えている人が多い。「海外で戦争する国」になった場合、いかなる不利益が生ずるか訴えることが大切だ。
@自衛隊員の「戦死リスク」が格段に増大する。
A戦争準備と海外派遣のために国費が無駄使いされる。
B日本人が狙われる危険性やテロの脅威が増大する。
C平和国家としてのイメージが失われ、非軍事的国際貢献がやりにくくなる。
D軍事一辺倒・従米を強め国際社会で孤立する。アジアインフラ投資銀行(AIIB)不参加も、アメリカ追随によって世界の趨勢を見誤った結果だ。
 
U.改憲戦略提起の背景と現段階

 自民党は小泉内閣時代に穏健保守から急進極右へのゲモニーの移動が生じた。その結果、国民的合意を調達する機能を失って統治政党としての能力を枯渇させた。
 安倍政権は、総選挙での変化と世論の反対で9条改憲に直進できなくなり、当面、立法改憲をすすめようとしている。国民に「改憲癖」をつけるため、環境権や緊急事態条項の新設で改憲するという戦略だ。
 公明党は、環境権は自然保護派の抵抗を強めることになるとして消極的になっている。緊急事態条項は必要性が薄く、ナチスの授権法なみの行政独裁規定であり、人権の一時停止を含むなど反発は必至だ。
 2016年の参院選後に改憲をねらっているが、菅首相の下で民主惨敗・自民大勝の2010年参院選の改選であり、3分の2の確保は難しい。8月に予定されている「70年談話」は、植民地支配と侵略の反省を入れれば極右勢力が反発し、他方で中国・韓国だけでなく米政府も「反省」を示すか注視している。
「戦争立法」のヤマ場と「70年談話」の時期が重なるかもしれず、国会審議にも影響を与える可能性がある。

V.「戦争する国」にしないために―どのように反撃するか

1、民意は安倍「暴走」の全てに反対している―共同通信(3月調査)
・集団的自衛権の法整備―賛成40.6%、反対45.0%
・通常国会で成立を図る方針―賛成38.4%、反対49.8%
・「日本周辺」を外すこと―賛成29.7%、反対61.9%
・自衛隊の活動範囲が「非戦闘地域」から広がること―賛成21.8%、反対69.6%
・海外派遣で必ず事前の国会承認―必要だ77.9%、必要ではない16.6%
・70年談話で「植民地支配と侵略」への「反省とおわび」―盛り込むべき54.6%、盛り込むべきではない30.5%

2、安倍「暴走」が見えやすくなり、国民の不安が高まっている。極右路線への反発と懸念が、良心的保守との協力可能性を広げている。
 山崎拓元自民党副総裁は「今回の安保法制は、米国のいわば『番犬』となるための法整備となりかねない」「他国の戦争に出ていかないことこそ本当の平和主義」(4.3朝日)と語っている。
 自民党幹部や官僚のOB、改憲派の学者、地方議員などの変化も広がっている。

3、「戦争立法」ノーの大波を作り出す
 複雑で分かり難い「戦争立法」に対抗するため、何が問題なのか分かりやすく伝えるための学習が重要だ。他人事ではなく我が事であることを自覚してもらうことも大切。多様な課題での共同は統一戦線になる。そのために、力を合わせ、足並みをそろえる、過去を問わないことなどが重要だ。
 事実を知り、教訓を学び、情報を発信し、できる範囲で行動しよう。若者と女性のエネルギーを最大限に発揮し、高齢者の知恵と経験を生かそう。




安倍政権の戦争立法の内容と問題点  (2015.05.06)

 〔下記のインタビュー記事は、消費税をなくす全国の会が発行する『ノー消費税』第285号、2015年5月、に掲載されたものです。〕



いつでも、どこでも、どのような戦争にもかかわれる危険

 まず、「戦争立法」といわれる法律の内容と問題点は?

 昨年7月1日に閣議決定された集団的自衛権行使容認のための立法作業は、「戦争立法」ではなく安保法制整備と説明されています。安全保障が高まるような印象ですが、実際には戦争するための法律をつくるということです。しかも、PKOでの業務や武器使用権限の拡大など海外での紛争に関与し介入するための法整備で、集団的自衛権とは直接かかわらないものも多く含まれています。
 当初、安保法制懇が出した5月15日の報告書で想定されていたのは3つの分野でした。しかし、自民党と公明党の与党協議会の合意では5つの分野に拡大されました。それは以下のようになっています。

@ 武力攻撃に至らない侵害への対処
A 我が国の平和と安全に資する活動を行う他国軍隊にたいする支援活動
B 国際社会の平和と安全への一層の貢献
C 憲法9条の下で許容される自衛の措置
D その他関連する法改正事項

 第2の分野がA「我が国」とB「国際社会」に分かれ、新たにDその他が入りました。Dのその他で邦人救助など集団的自衛権には直接関連しない事例が入って膨らんでいます。ここにもごまかしがあります。
 安倍首相の説明では、朝鮮半島で紛争が起こり、避難するとき、邦人の親子連れを輸送している米軍の艦船を自衛艦が防護できるようにすることが必要だ、などと言っていましたが、軍艦ではなく民間の船でも輸送は可能です。また、近くに自衛艦がいるのなら、その自衛艦で輸送すればよいではありませんか。
 北朝鮮からアメリカに向けて発射されたミサイルを迎撃できなくて良いのか、とも言っていましたが、北朝鮮からアメリカ本土へ発射すれば、カムチャツカからアリューシャン列島、アラスカを経由して日本上空は通過しません。安倍さんは地球が丸いことを知らないのでしょうか。ありもしない想定で国民の不安をたきつけるやり方は卑怯です。
 こうした宣伝で策定されようとしている戦争立法は、日本の安全保障のためというより、いつでも、どこでも、どのような戦争にも、協力するためのものです。米軍による先制攻撃も例外ではありません。

 どこに問題があるのか

 第1は、内容上の問題で、戦争や紛争に介入しやすくなることです。日本が攻撃を受けていなくても反撃するわけですから、それに対する報復があれば、直ちに日本は戦争の当事者になってしまいます。
 第2は手続き上の問題で、憲法の解釈を勝手に変えて武力行使の新「3要件」が組み込まれたことです。その内容は「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」で、「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないとき」、「必要最小限の実力の行使」は「憲法上許される」というものでした。
 日本と最も「密接な関係にある他国」はアメリカですが、アメリカを攻撃する国は考えられません。実際には、米軍が攻撃された場合、自衛隊も反撃する。あるいは米軍が攻撃する場合に一緒になって攻撃するということです。
 これを「新事態」と言っていますが、戦争の開始そのもので、自衛隊が米軍に協力することをさしています。「事態」は戦争ではないとごまかす言い方は、かつて「満州“事変”」などと言って「事変」は戦争ではないかのようにごまかしたやり方と同じです。「自衛隊と世界中どこでも共同して部隊運用できるようになる」という米第7艦隊のトーマス司令官の発言が真相を語っています。

 政治の土台をひっくり返す安倍政権

 「日本周辺の安全保障環境が悪化しているから」というのが、その理由です。第1次安倍内閣の時も同じ理由でした。安倍さんが首相になるたびに悪化するというわけです。周辺の環境が悪化していると言いながら「周辺」という言葉をなくして、地球の裏側にまで出ていくというのですから、これもごまかしです。
 離島防衛をはじめ日本海から中東に至る領域を対象に切れ目のない法整備をするということですが、本来、グレーゾーンでは警察や海上保安庁が対応すべきです。小さな紛争にも自衛隊が直ちに出動するということになればすぐ戦争へとエスカレートしてしまいます。
 また、「米軍及びそれ以外の他国軍隊に対する支援を実施する」とされていますが、今の時点で具体的なニーズがあるわけではありません。総選挙で多数を占めた「今がチャンス」だと考えているのでしょう。
 安倍首相は戦争立法の他にも戦後の枠組みを大転換することをめざしています。派遣の常用化に道を開く労働者派遣法改悪、労働時間規制をなくす残業代ゼロ法案、農業を破壊する農協改革法案など、この際、保守政治自身が依拠してきた土台をひっくり返そうというわけです。

 国民への影響は?

 第1に、自衛隊員の戦死リスクが格段に増大します。自衛隊が戦闘に巻き込まれ死傷者がでるでしょう。
 第2に、戦争準備のために国費が無駄使いされます。すでに3年連続の軍事費増で実質的に5兆円突破で、海外派兵のための特別の装備購入など膨大な費用がかかります。 
 第3に、テロの脅威が増大し、日本人が狙われる危険性が増大します。
イラク戦争では3人が誘拐されましたが解放された。その後アルジェリアで10人殺害、IS(「イスラム国」)による2人の殺害など、日本への対応が変わってきました。日米同盟の強化は、このリスクを高めます。
 第4に、平和国家としてのイメージが失われ、非軍事的国際貢献がやりにくくなるでしょう。
 第5に、軍事優先のゆがんだ外交によって国際社会での孤立を深めます。最近ではアジアインフラ投資銀行(AIIB)不参加で日本は世界の趨勢にのりおくれ、政治・経済的孤立を深めています。

「戦争立法」や戦争する国をストップするには

 まず、「戦争立法ノー」の大きな波を作り出すことです。一斉地方選挙での自公勢力の減少を目指し、靖国派の「日本会議」所属議員を落選させましょう。
 草の根からの改憲運動への対抗 も大事です。参院選で改憲勢力の増大を許さず、国民投票でも改憲の反対世論を多数にすることです。
 「戦争立法」の何が問題かをわかりやすく伝えるために学習を強め、他人事ではなく我が事であることを理解してもらうことも重要です。
 宣伝活動や署名活動など目に見える形での意思表示も大切です。5・3憲法集会や6・13大集会などを共同の力で成功させましょう。
 消費税との関連では、米軍を手伝う自衛隊海外派兵のための財源として、消費税のさらなる増税は不可避となります。「戦争立法」反対の大きな国民世論をつくり、消費税の再増税を阻止しなければなりません。



暴走を阻止する平和運動の課題  (2015.04.21)

 〔下記の論攷は、『婦民新聞』第1488号、2015年4月10日号、に掲載されたものです。〕



 二月十一日、都庁支部の支部総会で、五十嵐仁さん(元法政大学教授)が「安倍政権の行方と平和運動の課題」と題して行なった講演を紹介します。

 安倍首相が目指すのは新しい「富国強兵」政策。アベノミクスで経済を立て直し、そこで得た富を使って強兵―軍事力・安全保障面での発言力を高めて世界で大きな顔をしたいというもの。そのために、改憲と集団的自衛権行使によってアメリカとともに戦争できる国をつくろうとしている。
 改憲・集団的自衛権行使容認の「この道」を進もうとした矢先に起きたのが、IS(イスラム国)による日本人の人質殺害事件だった。安倍首相はこれに便乗して軍事力を強化しようとしているが、反面、その道がいかに危険かを国民に示すことにもなった。平和国家としてあり続けるか、安倍首相の目論む「海外で戦争できる国」に変わるのか。その歴史的分岐点が二〇一五年だ。
 これまで日本はテロ組織の標的になることは少なかった。それは平和国家としてのイメージと信頼があったからだ。これは戦後七十年かけて培ってきた国際社会での日本の資産だと言える。
 それをもたらしたのは戦争への反省だった。多くの国民が命を失って手に入れた平和憲法であり九条だ。ところが、自衛隊のイラク派遣から、そのイメージは変わり始めた。
 このようななかで、改憲がスケジュールに上ってきた。さし当り九条以外の環境権や緊急事態条項など一致できるところから段階的に進めようとしている。憲法審査会の再開、改憲試案のとりまとめ、参院選での三分の二以上の議席確保、国民投票へという目論見だ。
 「戦争する国」づくりに向けての既成事実化が進んでいる。集団的自衛権行使容認の法制化が後半国会の焦点になる。自衛隊の「戦力」化や在日米軍基地の強化、特に辺野古新基地建設が強行されている。
 しかし、国民は事実を知らされていない。世論対策や情報統制でマスコミの自粛ムードが拡大しているからだ。教育による「戦争する心」作りも始まり、愛国心の涵養、教育委員会や教科書への介入、道徳の教科化などが進められている。
 このような攻撃が強まれば反発や抵抗も大きくなる。国民は不安や危惧を抱くようになり、世論が変わりはじめた。
 草の根での「共同」も広がり、多様な運動が拡大している。自民党による改憲国民運動との草の根での対決も始まった。一斉地方選挙は参院選の前哨戦だ。日本会議所属議員を落選させ、護憲勢力を増やす必要がある。
 事実を知り、教訓を学び、正しい情報を発信しよう。女性の口コミは大きな武器になる。できる範囲で可能な形で行動することだ。身を置くことで頭数は増やせる。
 若者と女性のエネルギーを最大限に発揮し、高齢者の知恵と経験を生かしてほしい。九条を守り平和国家・日本を次の世代に手渡すことが、今を生きる私たちの責任だ。




安倍政権と対決し打倒するためには力を合わせるしかない  (2015.04.17)

 以下の論攷は、「新たな社会像と人々の連帯・共同を探る 連帯・共同21」のホームページ 

     http://rentai21.com/?p=2215

  にアップされたものです。〕



 最近、『対決 安倍政権―暴走阻止のために』という新しい本を書き、学習の友社から出版しました。その中で「国民的共同」について触れた個所があります。
 拙著では沖縄での経験を踏まえて「一点共闘」としていますが、その趣旨や内容は「国民的共同」にほかなりません。私は、拙著111頁で、「『一点共闘』から統一戦線へ」という見出しの下に、次のように書きました。

「一点共闘」とは、特定の要求課題で足並みをそろえて共同行動をとることです。共に戦うから「共闘」です。「一点」を強調するのは他の課題や政策では共同できないことを前提にしているからで、もともと異なった政治的立場や潮流間での「共闘」を目標としています。
 安倍首相は多くの懸案事項を一挙に解決しようとしているため、重要課題が増えて戦線が拡大しました。それぞれの課題をめぐって国民の要求との矛盾も増大しています。与党の攻勢を阻むことが必要になっていますが、「一強体制」と言われるような力関係ですから、野党がバラバラでは効果がありません。そこで、力を合わせるための方策として「一点共闘」が重要になります。
 「共闘」と言っても、狭く捉える必要はありません。互いに支持を表明しあったり、政策への賛同を明らかにしたり、共同声明に署名をしたりというレベルでも良いでしょう。それが、具体的な課題の実現を求めるデモや集会に結びつけば、なおけっこうです。改憲や集団的自衛権行使容認に反対する運動では、このような新しい動きが始まりました。

 この文章に続いて、「新しい動き」として紹介しているのは「戦争をさせない1000人委員会」「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」「戦争をさせない!憲法を守りいかす共同センター」の三団体による共闘組織「戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の結成です。本書では「大規模な共同行動に取り組もうとしています」と書きましたが、これは5月3日の憲法記念日に予定されている集会に結実しました。
 また、私は昨年の11月29日に予定されていた大集会・大行動の呼びかけ人になり、そのための文書も書きました。その直後に国会が解散されて総選挙になったため、残念ながら、この集会は延期されました。現在、同じような趣旨の大集会・大行動を6月13日に開催することをめざして準備が始まっています。この集会も、「国民的共同」を発展させる重要な結節点となることを願っています。

 このような「共同」の進展は、集会などだけではありません。選挙でも、党派的な境界を踏み越えた新しい共同が発展してきました。言うまでもなく、沖縄での新基地反対の「建白書」を掲げた「オール沖縄」の動きがあります。佐賀県知事選挙での非自民党候補の当選がありました。一斉地方選挙では、北海道知事選挙が注目されています。与党が推す現職知事に対して、野党が共同して対立候補を擁立することになったからです。
 このような「共同」の動きと並行する形で、安倍首相の「戦争する国」づくりへの懸念や反対の動きも広がりを見せてきました。これについては、拙著の中でも115頁で次のように紹介しました。

 このような新たな状況の誕生は沖縄だけに限りません。この間の様々な運動でも生まれてきています。民意を無視した強権的な政治運営は国民の危機感と反発、ときには強い怒りを引き出し、保守勢力との事実上の「共同の輪」が形作られてきました。
 そのような「輪」に、古賀誠さん、加藤紘一さん、野中広務さんなどの自民党幹事長OB、第一次安倍内閣での法制局長官だった宮崎礼壱さんや小泉政権での法制局長官だった阪田雅裕さん、防衛庁長官官房長などの旧防衛官僚だった柳沢協二元内閣官房副長官補、『戦後史の正体』というベストセラーの作者で外務省国際情報局長や防衛大学校教授を歴任した旧外務官僚の孫崎享さん、改憲派として知られていた小林節慶応大学名誉教授、二見伸明元公明党副委員長などが続々と加わってきたのです。

 さらに、自民党の河野洋平元総裁や山崎拓元副総裁なども、安倍政権の右傾化や集団的自衛権の行使容認について、懸念や批判を明らかにしています。安倍政権が進める危険な方向を憂慮したり、懸念したり、不安を抱いている国民や有識者は多いと思います。それらの人々の思いや願いを結集し、安倍政権の暴走をストップさせることが必要です。
 日本は戦後最大の危機を迎えています。自民党は改憲を党是としてきましたが、自らの政権でそれを実行することを表明し、そのための政治日程を明らかにした首相はいませんでした。この点で、安倍政権は戦後初めての「改憲政権」であると言えます。
 安倍首相の野望を阻み、「海外で戦争する国」造りを許さず、平和国家としての日本のあり方を守るためにも、安倍政権と対決し、打倒しなければなりません。国民的共同はそのために唯一可能にして強力な手段であり、その成否こそが日本の将来を決めるものとなるでしょう。
 国民的共同の発展のために力を尽くそうではありませんか。強力な敵を倒すには、力を合わせるしかないのですから……。

                     

『対決 安倍政権―暴走阻止のために』  (2015.03.09)

――五十嵐仁著(学習の友社、定価1300円+税)、2015年3月1日刊行。

  

はしがき

 幸兵衛 2014年もあと数日だが、一口で言うとアベノ何とかに覆われた妙な年だった。
 隠居 戦前の一時期がデジャ・ヴュ(既視感)風に重なるのだ。

 新聞に出ていた、このような会話が目につきました。これは松尾羊一さんが書かれた「長屋の隠居てれび指南帳」の最初の部分です。『毎日新聞』2014年12月25日付夕刊に掲載されていました。
 この幸兵衛と隠居との会話は、次のように続いていきます。

 隠 ……アベノミクスには国家総動員法に近い気分が見え隠れするのだ。……「産めよ殖やせよ、国のため」って。……先日、NHKが斎藤隆夫の反軍演説を取り上げていたが、今の国会は「翼賛議員」だらけだ。
 幸 政治に限らない。マスコミ、わけてもテレビの不元気さ。籾井勝人NHK会長以下経営委員の人選、一部の発言問題と「報道の公平」をめぐり自民党のテレビ局への圧力。……
 隠 もちろん民主主義の今とは次元が違う。一方的なプロパガンダ放送のラジオと戦果報道の新聞、無関心な国民以外は「非国民」の時代に戻ることはないだろう。そう言い切れるか。

 「そう言い切れる」と答えたい。そう言い切れる世の中にしていきたい。
 そう思って、この本を書きました。そのためにも、安倍政権と真正面から「対決」しなければなりません。そのための武器を鍛え上げ、皆さんの手に届けることが私の責任であり役割だと思ったからです。
 幸兵衛と隠居の会話にあるように、まるで「戦前の一時期」を目にするかのような光景が見え隠れする一年でした。力を信奉する好戦的軍国主義者によって「積極的平和主義」が唱えられ、非科学的な歴史修正主義と反知性主義の立場からの歴史認識や「教育再生」が押し付けられ、自由と人権、法の支配を尊重しない人物による「価値観外交」が展開される。まるで「ブラック・ジョーク」のような光景ではありませんか。
 その中心にいるのが、「もし私を右翼の軍国主義者と呼びたいのならどうぞ 」と居直った安倍首相、その人です。このような人とは、まず「対決」する必要があります。そのための勇気を持ち、覚悟を固めることです。本書は、そのために書かれました。

 14年末の総選挙で安倍首相は「圧勝」したと豪語しています。しかし、実際にはアベノミクスによる景気回復の一点に争点を絞り、集団的自衛権行使容認、原発再稼働、TPP参加、改憲など他の重要政策課題については徹底した争点隠しに終始しました。自民党への投票は「アベノミクスで景気が良くなるなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」による支持であったと思われます。
 この先、景気が回復せず、消費不況や物価高で生活が苦しくなれば、この「猶予」はたちまち解除され、安倍首相には「実刑判決」が下されるにちがいありません。それを「白紙委任された」などと勘違いして、集団的自衛権行使容認の法改定や川内原発の再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時には大きなしっぺ返しを食らうことになるでしょう。すでに、自民党が全滅した沖縄の小選挙区では、そのような前例が生まれているのですから……。
 また、1月に入って「イスラム国」(IS)を名乗る過激派集団による人質殺害事件が発生しました。このような残虐非道で残忍な犯罪は許されるものではなく、断固として糾弾しなければなりません。日本全体が敵視され、今後も標的とされる危険性が生じたことも重大な問題です。
 事件そのものは断じて許されない蛮行ですが、同時に、そのきっかけとなったのは安倍首相による「イスラム国」を名指ししての中東諸国への資金拠出表明であり、イスラエルとの友好関係を誇示した「挑発行為」だったという点も軽視するわけにはいきません。
 ISからの殺害予告は安倍首相の言動に対する報復としてなされ、人質の一人であった湯川遥菜さんを殺害したあとの動画では、「日本政府が72時間以内に何もしなかったから殺害した。アベがハルナを殺害したのだ」と明言しています。もう一人の人質だった後藤健二さんの殺害を明らかにしたビデオでも「安倍(首相)よ、勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断によって、このナイフは健二だけを殺害するのではなく、お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる」と、安倍首相が名指しされていました。問題は安倍首相にあったのです。
 首相の自己顕示欲と無分別が引き起こした悲劇が、今回の人質殺害事件でした。ひとりの愚かな首相の思慮に欠けたパフォーマンスが平和国家としての日本のイメージを大きく転換させ、世界中の日本人を危険にさらすことになったのです。

 これもまた、安倍首相の暴走が招いた重大な惨事だったというべきでしょう。このような暴走を阻止するには、まず「対決」するしかありません。ブレーキをかけて、ストップさせることです。同時に、対案を提起してハンドルを切り、進むべき方向を変えることも必要です。
 ブレーキをかけるためには、猛スピードで突っ走っている安倍首相が目指しているこれからの日本とはどのようなものなのか、それがいかに危険で国民を不幸にする道なのかを、まず理解していただかなければなりません。そのために、本書が役立つことを願っています。


 はしがき

 第1章 総選挙での対決
 (1) 勝利したのはどの政党か
     寝込みを襲うような突然の解散/本当に勝ったのはどこか/各党の消長
 (2) 鮮明になった自共対決
     共産党の躍進/過去2回の躍進との比較/社会・労働運動にとっての意味
 (3) 選挙と政党をめぐる諸問題
     低投票率の背景と原因/小選挙区制は比例代表制に/政党助成金の廃止

 第2章 憲法をめぐる対決
 (1) 集団的自衛権の行使容認―何が問題か
     海外で「戦争する国」にしてもよいのか/増大する危険性/行使が容認されたらどうなるのか/どこに問題があるのか
 (2) 海外で「戦争する国」に向けての準備
     着々と進んでいる軍事化/マスメディアの変容/特定秘密保護法の危険性/「教育再生」による内心への介入と支配/背景としての安保条約
 (3) 改憲のもくろみを打破するために
     本格化する改憲への取り組み/自民党改憲草案の危険性/基本的人権への無理解/九条改憲と国防軍の新設/イラク戦争と「イスラム国」人質殺害事件の教訓/「活憲」による憲法理念・条文の全面開花

 第3章 生活をめぐる対決
 (1) 幻想のアベノミクス
     「アホノミクス」から「アホノミス」へ/貧困化の進展/格差の拡大
 (2) 若者の困難と意識状況
     青年が抱えている困難/学生生活の厳しさ/若者の意識状況の多様性/「無敵の人」の登場が意味するもの
 (3) 社会保障の前途
     「社会保障改革」という名の攻撃/命と暮らしの危機/財源をどうするのか

 第4章 労働をめぐる対決
 (1) 新自由主義と働く者の困難
     市場原理主義とトリクルダウン理論/民営化は成功したのか/自己責任論と規制緩和の果て
 (2) 規制緩和の落とし穴
     三つの流れと「雇用改革」/規制をどう考えるか/少子化という「社会的ストライキ」
 (3) ブラック企業もブラック社会もノー
     派遣労働の拡大をめぐる攻防/労働時間規制の解除と雇用の流動化/規制緩和はどのような問題を引き起こすか/どのような労働・社会政策を目指すべきか

 第5章 政治変革の展望
 (1) 安倍政権が直面するジレンマ
     共同の広がりや世論の変化/山積する難問とジレンマ/安倍「大惨事」内閣の「逆走」/「戦後70年」で問われる日本の進路
 (2) 日本の「明日」としての沖縄
     普天間基地の移設と辺野古での新基地建設/「一点共闘」から統一戦線へ/選挙や政党支持にも影響/沖縄での統一戦線の萌芽形態の誕生
 (3) 革新運動・労働運動の役割とその刷新
     新たな局面への対応/革新運動・労働運動の刷新に向けて/労働運動の発展に向けて/職場、産業、地域、職能の重視/階層別での取り組みの強化

 あとがき



拙著『対決 安倍政権―暴走阻止のために』(学習の友社、定価1300円+税)、3月1日刊行。
購入ご希望の方は学習の友社へ。

http://www.gakusyu.gr.jp/tomosya.html

                     
〔以下の小文は、『明るい長房』第146号、2015年3月1日付、に掲載されたものです。〕

 殺害の引き金を引いた安倍首相

 湯川さんと後藤さんの二人は見殺しにされというしかありません。安倍首相には、初めから救うつもりはなかったのでしょう。

 2人の拘束を知りながら中東に出かけて過激派組織「イスラム国」対策としての2億ドル拠出を表明し、緊急会見したのはイスラエル国旗の前でした。現地対策本部はISと敵対しているヨルダンです。その責任者は「日本・イスラエル友好議員連盟」の元事務局長だった中山泰秀外務副大臣でした。これら全ては安倍首相の失敗です。

 2人の殺害は許されざる蛮行であり、それを実行したのはISを名乗る過激派集団です。しかし、その「引き金」を引いたのは安倍首相でした。その結果、日本人が狙われるかもしれない不安な時代の幕を開くことにもなりました。

 本来であれば、これらの責任を取って安倍首相は辞任するべきです。「テロには屈しない」と呪文のように唱えて批判を封じ、惨事に便乗して「戦争する国」づくりを進めることを許してはなりません。


                     
〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.217、2015年3月号、に掲載されたものです。〕

 はじめに

 「安倍晋三首相は最後に放った矢が自分の背中に突き刺さって命取りとなり、日本を破綻させた人物として歴史に名を残すことになるでしょう。自国通貨の価値を下げるなんて、狂気の沙汰としか思えません。」
 「投資の世界の人たちや、(金融緩和で)おカネを手にしている人たちにとっては、しばらくは好景気が続くでしょうが、安倍首相が過ちを犯したせいで、いずれはわれわれ皆に大きなツケが回ってきます。……日本について言えば、安倍首相がやったことはほぼすべて間違っており、これからも過ちを犯し続けるでしょう。」

 これは2015年の年頭に当たっての投資家の見通しである。ジョージ・ソロスと投資会社を設立した三大投資家の一人であるジム・ロジャーズの発言で、前者は『プレジデント』1月12日号に、後者は『週刊東洋経済』12月27日・1月3日新春合併特大号に掲載されている。
 円安・株高で大もうけしている投資家でさえ、このような悲観的な見通しを語ったという点が興味深い。ここでロジャーズは「安倍首相が過ちを犯した」と指摘している。それは直接にはアベノミクスの失敗をさすものである。
 同時に、子細に検討すれば、今回の総選挙もそのような「過ち」の最たるものだったということが分かる。国民にとっては必要性を理解しがたい突然の解散・総選挙という愚行によって、マスメディアによる「圧勝」報道とは裏腹に、安倍首相としても予想できなかったような結果を招いてしまったからである。


 1 総選挙の結果をどうみるか

 (1)本当に勝ったのは共産党

 衆院は11月21日に解散し、12月2日に公示、14日に投・開票という日程で実施された。その結果は、第1表に示される通りである。安倍首相の獲得目標は与党で過半数以上という低いものであった。結果は3分の2以上の現有勢力の維持であり、マスメデイアの多くは「圧勝」と報道した。それは正しかったのだろうか。
 総選挙の結果、新たな議席は自民291、公明35、民主73、維新41、共産21、次世代2、社民2、生活2となった。これを選挙前と比べた増減では、議席を増やしたのは、共産(+13)、民主(+11)、公明(+4)となっている。最も議席を増やしたのは共産党であるから、選挙で勝ったのは共産党である。
 逆に議席を減らしたのは、次世代(-17)、生活(-3)、自民(-2)、維新(-1)となっている。最も議席を減らしたのは次世代の党であるから、選挙で負けたのは次世代の党であった。
 共産党は13議席増やし、小選挙区で234万票、比例代表で237万票の増となった。次世代の党は17議席減という惨敗で、衆院ではたったの2議席になってしまった。このような議席の増減からいえば、総選挙の結果、国会内での手ごわい反対勢力である共産党を増やし、「是々非々」で政権の応援団にもなる次世代の党を減らしたことになる。
 国会を解散して総選挙を実施しなければ、このような結果にはならなかったはずである。少なくともあと2年間は、これまでのような安倍政権にとって好ましい勢力関係を維持できたにちがいない。しかし、安倍首相は突然の解散・総選挙によって、これを変えてしまうリスクを犯した。政権基盤を安定させて指導力を高め、次の自民党総裁選挙で再選されたいという個人的な野望を優先したためであった。
 その結果、共産党や民主党の議席を増やして極右勢力である次世代の党の議席を減らし、国会内での左翼の比重を高めることになった。まことに皮肉な結果だったというべきだろう。
 自民党は「圧勝」したとされているが、議席総数で2議席、小選挙区では223議席と14議席減らし、小選挙区の得票数も2546万票で18万票の減少となった。自民党が小選挙区での得票を減らしたのは今回だけではない。09年に522万票減、12年に166万票減、そして今回も18万票減と一貫して減らしてきている。政権を失った09年だけでなく、奪還した12年にも得票数を減らしていたのである。
 それにもかかわらず多数議席が獲得できたのは、比較第1党が議席を獲得できる小選挙区制というカラクリのためであった。今回も48.1%の得票率で75.3%の議席を獲得した。得票数を減らしているということは有権者の支持を失っているということになる。有権者からすれば支持を撤回しているのに、その意思は全く議席に反映されていない。
 今回は小選挙区で得票数だけでなく議席も減らした。それでも自民党が「圧勝」できたのは比例代表で11議席増の68議席を獲得したからである。しかし、増やした得票数は104万票で、共産党が増やした237万票の半分にも及ばない。
 つまり、アベノミクスによる一定の受益とその「おこぼれ」への幻想は確かに存在しており、それは比例代表での104万票増に反映されている。しかし、アベノミクスに対する危惧と反対も強く、それは暴走ストップへの期待をかけた共産党の得票増の方が2倍以上も多かったという事実に示されている。
 確かに、安倍首相は奇襲攻撃のような突然の解散・総選挙によって、与党全体としての現状維持に成功した。しかし、それはアベノミクスに対する異議申し立ての機会としても活用され、国会内の勢力関係を変えて強力な反対者の登場を促す結果となった。
 それは、安倍首相の目論見を大きく覆すものだったにちがいない。総選挙の結果は必ずしも思い通りのものではなく、安倍首相の「作戦勝ち」とは言い切れない。多くのマスメディアは与党が現有勢力を維持して3分の2を上回ったという表層に目を奪われ、その陰で生じたこのような大きな変化を見逃している。

 (2)与党の消長―自民党と公明党

 事前の予測によれば、自民党は300議席突破もあり得るとされていた。しかし、そうはならず、当選前の293議席より2議席減らして291議席となった。それも投開票日の夜に福岡1区で当選確実となった無所属候補を追加公認したためで、正確には3議席減であった。議席を減らしたのだから勝利したわけではない。自民党に投票した有権者の割合(絶対得票率)は小選挙区で24.5%、比例代表で17.0%と、4分の1以下にすぎなかった。
 とはいえ、単独で安定多数を維持し、与党では参院で否決された議案の再議決が可能な3分の2を超えているから、依然として強引な国会運営を行う基盤を得たことになる。安倍首相は「国民の信任を得た」として「暴走」をスピードアップする危険性が高い。
 しかし、安倍首相は「アベノミクス解散」と名付けて、その是非を問う一点に争点を絞って選挙戦を戦った。自民党への支持は「道半ばなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」であったと思われる。それを勘違いし、選挙中はほとんど言及せずに「争点隠し」に徹した集団的自衛権の行使容認や原発再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時こそ、大きなしっぺ返しを食らうことになるだろう。
 公明党は選挙前の31議席から4議席増やして35議席になった。与党としての勢力にはほとんど変化がなかったが、その内部で公明党の比重が増えたことには意味がある。これまでの安倍首相の暴走に不安を感じた国民の一部が、与党内での「ブレーキ役」として公明党にも期待を寄せたのかもしれない。
 しかし、そのブレーキは錆びついていて十分に作動するとは限らない。このことは集団的自衛権行使容認の閣議決定に至る過程でも示された。関連する安保法制の今後の整備において、どれだけ効くかは不明である。選挙中の「目玉公約」であった消費税再増税に際しての「軽減税率導入」という約束にしても自民党からの抵抗は大きい。いずれにしても今後の対応が注目される。

 (3)野党の消長―民主党と「第三極」

 民主党は当初から議席を伸ばすと見られていた。確かに、選挙前の65議席から11議席を増やして73議席になったが、予想されたほどには回復しなかった。得票数も、候補者を減らした小選挙区では168万票減の1192万票である。比例代表で増やしたとはいえ、たったの5万票増で978万票にとどまった。
 このため、党内には敗北感が漂うことになった。しかも、海江田万里代表は小選挙区で当選できなかっただけでなく、比例代表でも復活できずに辞任した。現職の野党1党の党首が総選挙で落選するのは、1949年の片山哲社会党委員長以来65年ぶりのことである。
 「2年間、何をやっていたのか」という声もあるが、民主党政権による裏切りの後遺症を癒すためにも、野党再編や選挙協力などの準備を進めるためにも、短かすぎたということなのかもしれない。まさに、安倍首相による「今のうち解散」という奇襲攻撃にまんまとしてやられた結果だったと言えよう。
 加えて、消費増税や原発再稼働、TPP参加などの政策には民主党も反対しているわけではなく、改憲や集団的自衛権の行使容認についての党内の意見は割れている。安倍首相の暴走に対してもブレーキなのかアクセルなのか不明だという曖昧さがあった。海江田代表の地味なキャラクターもあって支持は盛り上がらず、維新の党の橋下共同代表から批判されるなど選挙協力も十分機能しなかった。
 前回の12年総選挙で躍進して注目を浴びたのは、日本維新の会、みんなの党、日本未来の党などの「第三極」であった。しかし、今回の総選挙ではみんなの党と日本未来の党は姿を消し、日本維新の会も維新の党に衣替えしていた。「第三極」はもはや注目を集めるような存在ではなかったのである。
 このうち、維新の党は1議席減の41議席と、ほぼ現状維持にとどまったかに見える。しかし、前回の総選挙では54議席と躍進しており、これに比べれば13議席減と大きく後退した。得票でも、小選挙区で262万票、比例代表で388万票の減少となった。どちらも、票を減らした政党の中では最大である。
 とはいえ、前回獲得議席を半減させる可能性があるとの中盤の情勢からすれば、かなり回復したように見える。それは自民党が単独で300議席をうかがい、3分の2を突破するかもしれないと報道されたことが影響したのではないだろうか。この予測報道によって、自民党から維新の党に票が流れた可能性がある。
 前回の総選挙で18議席を獲得したみんなの党は解散し、今回の選挙では姿を消した。江田元幹事長らのグループは維新の党に合流し、政治資金での疑惑を受けた渡辺喜美元代表は落選した。まことに無残な末路だが、そのために投票先を失って棄権した支持者も少なくなかっただろう。
 今回の選挙で最も大きな影響を受けたのは次世代の党であり、公認48人に対して当選は2人、19議席が17も減って壊滅的な打撃を受けた。安倍首相の応援団として行動し、自民党を右に引っ張る役割を演じた次世代の党は、「ネトウヨ」などを頼りに保守色を前面に出して選挙戦を戦ったが、それは奏功しなかった。
 このような極右政党を見限ったところに、日本の有権者の良識が示されている。しかし、比例代表の得票数は141万票に上り、社民党の131万票や生活の党の103万票よりも多い。この党をあなどってはならならない。日本社会の右傾化を示す兆候として、今後も警戒する必要があるだろう。



 2 鮮明になった「自共対決」

 (1)共産党の躍進

 共産党は公示前の8議席から倍増以上の13議席も増やして21議席となり、議案提案権を獲得した。それだけでなく沖縄1区では赤嶺政賢候補の当選を実現した。辺野古での新基地反対の「一点共闘」という「統一戦線の萌芽形態」によって「小選挙区制の壁」を突破することに成功したのは大きな成果である。
 比例代表でも、10%を超えたのは、東京(15.4%)、近畿(12.8%)、北海道(12.1%)、南関東(11.9%)、北関東(11.7%)、北陸信越(10.1%)、四国(10.1%)の7ブロックに及び、22都道府県(比例代表)と36都道府県(小選挙区)で10%を超す得票率を獲得し13年の参院選を大幅に上回った。特に、比例代表の得票率で20.3%を得た高知県と18.6%を得た京都府では、民主、公明、維新などを抑えて自民党に次ぐ第2党になった。
 東京の比例代表の投票では、自民党の185万票、民主党94万票に次いで共産党は89万票を獲得して第3党である。しかも、無党派層の投票先では一番多かったのが共産党で22.5%、自民党は20.6%、民主党は20.3%であった。
 これまでも政策的には「自共対決」とも言うべき構造が存在していた。今回の選挙では、有権者の投票行動においても、これからの国会での勢力分野でも、一段と「自共対決」の構図が強まった。高知県と京都府の比例代表の得票では、実際にこのような構図になっている。
 共産党躍進の最大の理由は、安倍首相の暴走に対する信頼できるブレーキ役としての期待である。このような期待の表明は今回が初めてではなく、13年夏の東京都議選でも参院選でも示されてきた。
 この参院選によって衆参の「ねじれ状態」が解消され、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法や特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使容認の閣議決定など「安倍カラー」の強い政策が強行され、靖国神社の参拝など暴走が一段と激しくなった後に行われたのが、今回の総選挙であった。そのため、共産党にたいするブレーキ役としての期待はさらに高まった。それが得票増にはっきりと示されている。
 安倍首相は、国民の反発を買うような暴走を続けた挙句、それに対する審判を下す機会を国民に提供した。世論を無視した強権的な姿勢を強めなければ、国民はこれほど強く反発しなかったかもしれない。国民が反発を強めることがなければ、共産党への支持がこのような形で高まることもなかっただろう。こう考えれば、共産党の躍進と「自共対決」の鮮明化を招いた張本人は、安倍首相その人だったともいえる。

 (2)過去2回の躍進との比較

 戦後の国政選挙を振り返れば、共産党には躍進した時期が過去二回あった。一回目は70年代で、二回目は90年代の後半である。今回の結果は、この過去二回に続く三回目の躍進に当たる。
 一回目の躍進期では、72年の第33回衆院選で38議席を獲得し、議会第3党・野党第2党になった。この年、田代文久議員が特別委員会の石炭対策委員会委員長に選出され、共産党議員として初の委員長が誕生した。
 79年の第35回衆院選でも39人を当選させている。これは過去最多の獲得議席である。10月には林百郎議員が衆院懲罰委員長に選出され、共産党議員として初の常任委員会での委員長が誕生した。
 この背景には、東京の美濃部都政など共産党と社会党などの革新共闘による革新自治体の発展があった。また、70年7月の共産党第11回党大会は革新統一戦線によって70年代の遅くない時期に民主連合政府を作るとの政権構想を打ち出し、76年には「自由と民主主義の宣言」という綱領的文書を採択するなど、ソ連型モデルとは異なる社会主義像を提起していた。これらは、この時期の共産党の躍進を生み出す重要な要因であったと思われる。
 2回目の躍進期では、現行の小選挙区比例代表並立制になってから初めての選挙となった96年の第41回総選挙で26議席を獲得した。小選挙区でも京都3区の寺前巌、高知一区の山原健二郎の2人を当選させている。98年の参院選でも15議席を獲得し、非改選議員と合わせて予算を伴う議案提案権を初めて獲得した。
 96年総選挙では、消費税の3%から5%への引き上げが争点となった。また、村山自社さ政権への失望、社会党の社民党への衣替え、民主党の結成など目まぐるしい政党再編などもあって、政治や政党への不信が高まるなかで選挙が実施された。
 とりわけ、共産党は行き場を失った旧社会党支持者の受け皿となることによって、当選者を増やしたように思われる。現に、橋本龍太郎政権の与党であった社民党が15議席減らしたのに対し、野党の中で最も議席を増やした共産党は11議席増となっている。
 この2回と比べれば今回の躍進は控えめなものにすぎず、96年総選挙には議席数で及ばない。比例代表の得票数でも、96年の727万票や2000年の672万票を下回っている。まだ伸びしろがあるということになる。
 ただし、前回の躍進については一時的なもので、共産党を除く「オール与党」現象によって他に投票したい政党がないので共産党に投票している「雨宿り現象」だという説があった。投票したい政党が出てくれば離れていくという見方である。その後の経緯からすれば、これが当たっていた面もあったように思われる。
 これに比べれば、今回の躍進は13年の東京都議選、参院選に続くもので、これが初めてではない。13年7月の都議選では前回の8議席から民主党を上回る17議席を獲得し、都議会第3党、野党では第1党となった。
 その直後に行われた参院選でも、改選3議席から比例5議席、選挙区3議席を獲得し、非改選を含めると11議席となって04年参院選で失った議案提案権を回復した。12年ぶりに選挙区で議席を獲得した東京、大阪、京都では、いずれも民主党と「第三極」を抑えての議席獲得となった。すでに13年の都議選、参院選の時点で、「二大政党づくり」は破綻していたということになる。
 また、今回の躍進はこれまで以上に主体的な努力によって勝ち取ったという側面が強い。たとえば、08年にニコニコ動画に公式チャンネルを設置したり、ツイッターやフェイスブックに公式アカウントを取得したりするなど、ネット選挙を意識した試みが行われていた。インターネット選挙が解禁された前回参院選と今回衆院選での「カクサン部」の活躍などに、これが結びついている。
 さらに、候補者でも個性的で魅力的な若い候補者の発掘に努め、女性候補者も多く擁立し当選させた。雇用問題やブラック企業対策などの若者向け政策を打ち出し、消費税問題でも具体的な対案を掲げた。これらが若者の支持拡大にも大きな力を発揮したように思われる。

 (3)社会・労働運動にとっての意味

 このような「第三の躍進」によって14人の新人議員を含む21人の衆院議員が誕生し、共産党は衆参あわせて32人の国会議員団を擁することになった。これは、社会・労働運動にとってどのような意味を持つのだろうか。
 第1に、国会内に強力な援軍を送り込み、これらの議員を通じて国政に直接要求をぶつけ追及することが可能になる。衆院ではこれまで11の常任委員会に委員を置いていたが、法務、農林水産、環境、国家基本、決算行政監視、懲罰の6つの常任委員会には委員がいなかった。これからは17の全常任委員会に委員を配置し、うち内閣、総務、法務、財務金融、文部科学、厚生労働、農林水産、経済産業、国土交通、予算、決算行政監視の11委員会では複数委員を置くことができる。
 特別委員会では9委員会すべてに委員を配置し、うち7委員会で複数委員となった。予算委員会をはじめ、各委員会での質問時間も増え、いままでよりずっと多くの共産党議員が幅広い領域で論戦に参加できるようになる。また、国家基本委員会に志位和夫共産党委員長が所属し、党首討論で安倍首相と一対一で論戦を戦わせることができる。
 第2に、衆院での議席が21議席となったため、参院に続いて衆院でも予算を伴わない議案提案権を獲得した。共産党は13年の参院選の躍進で得た議案提案権を生かしてブラック企業規制法案、秘密保護法廃止法案を提出しているが、ブラック企業規制法案提出後、厚生労働省は4000を超える事業所に是正指導を行った。
 政治を前に動かすこのような活動が、これからは衆院でも行えることになる。そうなれば、各党とも法案への立場を明らかにせざるを得ず、省庁も何らかの対応を迫られることになるだろう。そのような動きについては、我々も『しんぶん赤旗』の報道を通じて知ることができる。
 第3に、様々な場面で社会運動・労働運動と国会活動との連携が進むことだろう。たとえば、大衆運動が問題を提起して議員が国会で追及し、そこでの結果を持ち帰って運動に役立てるという相互の連係プレーが考えられる。
 また、紹介議員を通じての運動関係者と各省庁との交渉や影響力も強まり、要求の伝達や取次など、これまでよりもずっと容易に、また頻繁に行われるようになるだろう。国政調査権を用いて様々な情報へのアクセスも増え、調査能力が格段に向上し、情報の入手と運動関係者への提供などが期待される。議員がマスコミに登場する回数も格段に増えるだろうし、社会的なアピールの度合いもこれまで以上に大きなものとなるにちがいない。
 第4に、今回の躍進は大衆運動と選挙活動との結合によって生まれたものであった。反原発の官邸前集会をはじめ、TPP反対の農民団体との共闘や沖縄での新基地反対運動、労働の規制緩和や社会保障の切り下げに反対する運動など、「デモの復権」ともいわれる大衆運動の復活とそこで形成された共産党とのつながりが、今回の選挙での支持の広がりを生み出したと思われる。
 共産党の吉良佳子参院議員のように、議員になる前から毎回のように脱原発の官邸前集会に出て挨拶をするというような努力を行っている政党が他にあっただろうか。このような地道な努力こそが、それぞれの課題で切実な要求を抱いている関係者の信頼を得て支持の拡大に結びついていった。このような運動と選挙の連携との「好循環」は、今後も重視され継続されるべきだろう。


 3 今後の展望

 (1)安倍政権を待ち受ける難問とジレンマ

 総選挙での「圧勝」にもかかわらず、安倍首相はいくつもの難問に直面し、ジレンマを抱えることになる。その帰趨は決して予断を許さない。だからこそ、足場を固めるための解散・総選挙が必要だったのかもしれない。
 その一つは、沖縄の新基地建設をめぐるジレンマである。辺野古での新基地の建設に反対だという民意は今回の総選挙でもはっきりと示された。名護市長選挙、名護市議選挙、沖縄県知事選挙、そして今回の総選挙と、14年に入ってからの全ての選挙で新基地反対派が勝利している。
 それにもかかわらず、安倍政権は新基地建設を強行しようとしており、政府と沖縄との対立はさらに強まるだろう。その時、アメリカ政府はどう対応するだろうか。内外の批判が高まり、辺野古での新基地建設は無理だと諦めるようなことになれば、安倍政権は窮地に陥ることになる。そのような可能性も皆無ではない。
 もう一つは、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加をめぐるジレンマである。中間選挙での共和党の勝利によってオバマ政権は今まで以上に強い態度で出てくる可能性があり、日本に譲歩することは考えられない。かといって、この段階での交渉離脱は政権危機を招き、交渉が妥結したとすれば日本が屈服したことを意味する。例外なしでの関税撤廃やISDS条項の導入など日本の国内市場の全面的な開放がなされ、農業を始め、商業、建設、医療、保険、金融などの分野は壊滅的な打撃を受けることになる。
 地方創生を言いながら、地方の壊滅に向けての扉を開くことになるだろう。このような政策展開は中央政府に抗して故郷を守ろうとする「保守」勢力との矛盾や対立を拡大し、自民党という政党の命取りになる可能性さえ生み出すにちがいない。
 三つめのジレンマは原発再稼働をめぐるものである。福島第1原発の事故は未だ原因も不明で事故は収束していず、放射能漏れを遮断する凍土壁は失敗し、放射能漏れ自体もこれまで発表されていた以上の量に上る。脱原発を求める世論は多数で、再稼働の強行は世論との激突を招くだろう。とりわけ、原発の周辺30キロ以内でありながら発言権を認められない周辺自治体の危惧と反発には強いものがある。
 エネルギーを原発に頼る政策への復帰によって、再生可能エネルギーの軽視や買い入れの停止などの動きも強まっている。太陽光発電などの再生可能エネルギーを新しいビジネスチャンスととらえて取り組んで来た企業や自治体などの反発は大きい。再生可能エネルギーをテコとした循環型経済による地域の活性化を目指してきた動きも封じられ、結局は地方創生の芽を摘むことになるだろう。
 さらに、四つめのジレンマは労働の規制緩和についてのものである。通常国会に労働者派遣法の改正案が出され、ホワイトカラーエグゼンプションの新版である「残業代ゼロ法案」提出の準備も進んでいる。これによって派遣労働が拡大され、労働時間が長くなれば、非正規雇用の拡大、雇用の劣化、過労死・過労自殺やメンタルヘルス不全が蔓延し、経験の蓄積、技能の継承、賃金・労働条件の改善、可処分所得の増大などは望めなくなる。消費不況と少子化は深刻化し、日本企業の国際競争力と経済の成長力は失われるにちがいない。
 当然、女性の社会進出はさらに困難となり、デフレ不況からの脱却は不可能になる。「この道しかない」と言って「成長戦略を力強く前に進め」た結果、自滅への道に分け入ってしまうわけで、これこそが最大のジレンマだと言わなければならない。 

 (2)安倍「大惨事」内閣の出発

 昨年末のギリギリになって第2次安倍政権の第3次内閣が発足した。国民にとっては、さらなる暴走によって大事故を引き起こす可能性の高い「大惨事」内閣の出発である。この内閣は、総選挙で確保した衆院での3分の2以上の与党勢力を持っており、「国民の信任」を得たと言い張ってさらなる暴走に出る危険性が高い。
 選挙ではほとんど触れずに隠し通した争点についても、「白紙委任」を得たかのような居直りに出ることだろう。しかし、安倍首相の前途はそれほど容易なものではなく、多くの難問が待ち受けている。
 第1に、「政治とカネ」の問題である。第3次内閣ではただ一人、江渡防衛相だけが再任されなかった。閣僚の椅子の「防衛」に失敗したわけだが、それは「政治とカネ」の問題で野党から追及されていたからである。
 しかし、他の閣僚には「政治とカネ」の問題がないのだろうか。11月末に公表された政治資金収支報告書では、宮沢経産相の「SMバー」の領収書など問題のある使われ方や不実記載などが続々と判明している。今後、通常国会でもこれらの問題が追及されることは避けられない。
 第2に、安倍改造内閣が「目玉」としていた地方創生の問題である。安倍政権がやろうとしていることはアクセルを踏みながら同時にブレーキを踏んでいるようなものだといえる。地方を元気にするためには、地域社会を担っている農家や中小業者、労働者が希望をもって働け、安定した収入が得られるようにしなければならない。しかし、TPPで農産物の関税が下がり、非関税障壁の撤廃ということで中小業者への保護がなくなり、非正規労働が拡大して収入が減れば、地方社会の活力は低下するばかりである。
 安倍首相が行おうとしている財政支出による補助金や公共事業では、地方再生にほとんど効果がないことはこの間の経験で証明済みである。農業の生き残りのためということで「農業改革」を打ち出し、「岩盤規制」に穴を開けようとしているが、結局それは農地の規模拡大と企業の進出によるビジネスチャンスの創出にすぎず、そのために邪魔になるJA全中と農業委員会を弱体化させ、地方社会を実際に担っている農家経営の衰退をもたらし、農村の荒廃を促進するだけだろう。
 第3に、女性の活躍推進という問題である。これについても、安倍内閣が打ち出しているのは「エリート女性」の社会進出とキャリア・アップの支援にすぎない。社会の底辺で差別され、多くの困難を抱えている「ノン・エリート女性」は切り捨てられたままで、雇用改革による非正規労働の拡大はこのような女性の困難をさらに増大させるにちがいない。ひとり親の女性や子育て支援などについても効果的な施策はなく、女性の家事労働時間を減らすためには男性の残業をなくすしかないのに「残業代ゼロ」法案によって労働時間を延ばそうとするなど、まったく逆行していると言うしかない。
 従軍慰安婦問題についての発言にみられるように、安倍首相は女性の人権についても無頓着である。女性活躍推進担当相についても、戦前の教育を再評価して伝統的な子育てに回帰することを推奨する「親学」の信奉者を据えるなど、チグハグさが際立っている。
 第4に、集団的自衛権の行使容認をめぐる問題がある。これから本格的な法案準備のプロセスに入るわけだが、公明党の「壁」、内閣法制局の「壁」、世論の「壁」という「3つの壁」を突破しなければならない。公明党との間では、適用範囲を日本周辺に限るのか、機雷封鎖解除にまで適用するのか、停戦以前でも可能とするのかなどの点についての微妙な「ズレ」が存在している。また、内閣法制局が了承しなければ国会に法案を出せない。これまでの解釈をどこまで変え、それをどのように条文に反映させるのか、法制局の対応が注目される。
 もし、この2つの「壁」を突破することができても、最後の世論の「壁」を突破するのは容易ではないだろう。共産党が勢力を増やした国会で本格的に審議されれば問題点や危険性はいっそう明らかになり、大きな大衆運動が盛り上がるにちがいない。このような運動の盛り上がりによって改定を阻止することが、これからの課題である。

 (3)本格的に始まった憲法をめぐる対決

 総選挙直後の記者会見で「憲法改正は自民党の悲願であり、立党以来の目標だ」と言っていたように、安倍首相は明文改憲の狙いそのものをあきらめてはいない。それは、首班指名後の記者会見で語った「戦後以来の大改革」の中心に据えられた目標であり、改憲に向けた取り組みを本格化させようとしている。
 とはいえ、先の総選挙では、安倍首相の改憲戦略にとって3つの誤算が生じた。一つは公明党が議席を増やして与党内での比重を高めたこと、二つ目は「応援団」として期待された次世代の党がほぼ壊滅してしまったこと、三つ目は共産党が2倍以上に躍進して国会内での発言力を高めたことである。いずれも、突然の解散などという血迷ったことをやらなければ生じなかった変化で、これによって安倍首相の悲願であった改憲戦術にも、一定の手直しが必要になった。
 最も大きな手直しは、9条改憲に向けて直進するのが難しくなり、迂回戦術を取らざるを得なくなったという点である。菅義偉官房長官は1月10日のBS朝日の番組で来年夏の参院選で与党が改憲を前面に出して戦うことに慎重な考えを示し、「例えば環境権や教育の私学助成は憲法に全く書かれておらず、そういうところからまず直すのが大事ではないか」と述べた。
 その手始めとして与野党共通の改憲試案の策定を目指し、3月にも協議をスタートさせたい考えだという。改憲に一定の理解を示しながらも9条改憲には慎重な公明党や民主党、維新の党など野党勢力を取り込んで実績を作ろうというのである。「まずはできるところから」ということで、環境権や私学助成、緊急事態への対応、財政規律に関する規定の新設などについて共通試案を取りまとめ、国民投票に付すことを想定しているようだという。
 国会内での改憲勢力を拡大するだけでなく、国民的な理解を得る作業も重視されている。発議要件の充足という上からの改憲準備と、国民投票での過半数の賛成の獲得という下からの改憲準備に並行して取り組み、衆参両院での3分の2を上回る改憲勢力の形成をめざしつつ、「草の根」での改憲世論も盛り上げていこうというわけである。
 憲法改正を発議できても国民投票で否決されれば改憲の機運は一気にしぼんでしまう。総選挙後の12月の記者会見でも、安倍首相は「大切なことは国民投票で過半数の支持を得ることだ。ここがまさに正念場だ」と強調していた。
 このため、衆参両院の憲法審査会で地方公聴会を積極的に行い、世論を醸成するための対話集会も各地で開くことを検討するとともに、「美しい日本の憲法をつくる会」による 1000 万人署名運動を開始するなど、国民世論の獲得をめぐっての本格的な対決が始まろうとしている。
 こうして、改憲の危機はかつてなく大きく、現実的なものとなってきた。このような危機を打ち破るためには、国会内での野党や公明党の動揺を抑えつつ、「草の根」レベルでも改憲を提起できないような世論と力関係を生み出さなければならない。
 改憲を阻むためには、第一に、衆参両院での改憲勢力による3分の2議席の突破を阻止すること、第二に、国会論戦や憲法審査会などで改憲に向けての意図や準備を打ち砕くこと、第三に、国民的な大運動によって改憲阻止の世論を高めていくことが必要である。つまり、選挙、国会、世論という三つの「戦線」での同時並行的な取り組みが求められている。
 憲法をめぐる対決の戦線は拡大し、私たちの身近にまで及んでくるだろう。改憲の企みを阻止するためには、事実を知り、学び、伝えることが重要である。一斉地方選挙で安倍政権に打撃を与えることも、改憲阻止の力となるにちがいない。そのために果たすべき労働運動の役割は大きなものとなっている。

 むすび

 安倍首相は、これ以上の内閣支持率の低下を避け、消費税再増税の延期についての責任問題を回避して財務省の抵抗を排するために総選挙に打って出たとみられる。しかし、その結果は必ずしも意図したようにはならず、多くの誤算を内にはらむものだった。
 今回の総選挙の結果、与野党関係の現状維持には成功したが、野党内の状況は大きく変わった。「自共対決」の鮮明化という予期せぬ構図も浮かび上がってきた。
 15年秋に予定されている自民党の総裁選挙は何とかしのげそうだが、その前の統一地方選や再来年の参院選の壁は越えられるのだろうか。「自民圧勝」の大宣伝にもかかわらず安倍首相の表情が「終始険しかった」と報じられているが、それが必ずしも容易ではないということに気が付いたからかもしれない。
 多くの難問とジレンマを抱えながら「この道しかない」というのは、すでに問題の解決能力を失っているからである。大企業とアメリカの意に逆らえず、国民の声に耳を貸そうとしないから、他の選択肢や別の解決策が見えてこない。
 実際には「別の道」もあるのに、その道を見つけるだけの能力がないから「この道」しか見えないのである。
 どのようなものであっても、見る力がなければ見つけることはできない。それほどに統治の力や政策能力が衰えてしまったのが、今の自民党であり安倍首相なのである。
 この先、安倍首相の思い通りの政治運営がなされるとすれば、それは国民にとっての「大惨事」をもたらすことになろう。もし、安倍首相が世論と激突して政権の座を引きずり下ろされれば、それは首相にとっての「大惨事」となることだろう。
 安倍首相は難問に直面してどれほど追い込まれようと、もう逃げ出すことはできない。任期の半分で「伝家の宝刀」を抜いて解散してしまったのだから、近い将来、それを繰り返せば大きな非難を浴びることになる。首相に残された道は辞任する以外にない。
 そのとき安倍首相には、こう言わせたいものである。「やはり、第3次内閣は私にとっての『大惨事』内閣だったのか」と……。
 なお、本稿執筆の最中に「イスラム国」を名乗る過激派集団による日本人人質事件が発生した。きっかけとなったのは安倍首相による「イスラム国」対策としての2億ドル拠出表明である。これについて人道支援であって「誤解だ」と首相は弁明したが、そのような「誤解」を振りまいたのは首相自身であった。
 事件に関連して、安倍首相は自衛隊による在外邦人救出のための安保関連法の成立に意欲を表明した。いわゆる「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型政策転換)の発動である。このような策動を封じ、集団的自衛権の行使容認の法制化を阻止することが急務となっている。9条を守り、平和国家としての日本をアピールすることこそ、最大の安全保障なのだから……。


                     
〔以下の論攷は、『学習の友』No.739、2015年3月号、に掲載されたものです。〕

 日本の政治が民意を反映しなくなっているのではないか。多くの国民はそう思い、反対意見や要求が政治に届かない不満やもどかしさを感じているのではないでしょうか。ひとことで言えば、日本政治の劣化です。
 自由で民主的な政治体制を標榜していながら、日常的な政治運営では自由も民主主義も十分に機能していません。主要なマスメディアは官邸にコントロールされ、原発再稼働反対や沖縄での新基地建設反対の世論は無視され続けてきました。「政治とカネ」の問題も相変わらずです。
 政治の右傾化もはなはだしく、出版物では反中・嫌韓の言論があふれ、「在日」の人々を敵視し排除するヘイトデモが繰り返されてきました。集団的自衛権の行使容認や改憲に向けての動きが強まり、「戦争できる国」への転換も図られようとしています。
 どうして、こうなってしまったのでしょうか。なぜ、日本の政治は劣化し、右傾化が進行してきたのでしょうか。その大きな原因は政治改革や構造改革、アベノミクスなど一連の「改革」路線が失敗したことにあります。

 政治改革の失敗@―小選挙区制の罪

 政治改革は1993年から94年にかけて取り組まれましたが、結局は選挙制度改革に単純化され、最終的には小選挙区比例代表並立制の導入に結びつきました。小選挙区制になれば政治は改革されると宣伝されましたが、今からすれば大きな間違いでした。日本政治を劣化させた最大の罪は、小選挙区制にあります。
 政治改革前の日本の選挙制度は、基本的に定数3から5の中選挙区制と呼ばれるものでした。この制度では同一政党から複数の当選者が出るため「サービス合戦」となったり派閥を生んだりするから、当選者を1人にすれば政党・政策中心の選挙になって「政治とカネ」の問題はなくなり、政権交代も起きやすくなると言われたのです。
 しかし、1議席を争う小選挙区制は大政党に有利で「死票」が多く、相対多数であれば当選し、4割台の得票率でも7割台の議席を占めることができるという根本的な欠陥を持っています。そのような制度が導入された結果、候補者と選挙活動は大きな変容をこうむることになりました。
 小選挙区では候補者は1人で、その候補者を決めるのは政党です。基本的に、有権者は候補者を選ぶことができません。大きな政党では候補者になればほぼ当選でき、その候補者は党によって選ばれますから、執行部に逆らえなくなります。自民党などでは派閥の力が弱まり、集権化が進みました。
 しかも、選挙区が狭く、一人しか当選できません。地盤があって選挙に強いと考えられる候補者が選ばれがちになり、二世議員や三世議員が増えることになります。派閥が弱体化した自民党では、その新人発掘機能や議員への教育・訓練機能も失われます。若い候補者が政治家として鍛えられるチャンスが減り、「こんな人が」と思われるような不適格者も国会議員になってしまったというわけです。
 そのうえ、当選最優先で政策も理念も後まわしの「選挙互助会」のような政党も生まれました。政策抜きの野合や離合集散などもあり、政党の劣化と 堕落をもたらす制度になっています。

 政治改革の失敗A―政党助成金の罪

 政治改革によって「政治とカネ」の問題を解決するとして導入されたもう一つの制度が政党助成金です。1995年に始まり、国会議員5人以上か直近の国政選挙で2%以上の得票率を得た政党に年額320億円の税金が交付されます。その代わり5年後には企業・団体献金が禁止されることになっていましたが実施されず、助成金と企業・団体献金の2重取りという問題が生じました。
 2013年の助成金の割合は、自民党で64.6%、民主党に至っては82.5%にも達しています。助成金は使い残しても返納する義務はなく、「政党基金」などとして繰り越すことができます。13年には9党の基金残高の総額が147億5307万円にも及びました。
 助成金の配分額は1月1日時点の国会議員数などで決まり、16日までに届け出れば受け取ることができます。そのために年末年始の新党結成が繰り返されてきました。5人集めて「政党要件」を満たすことが先にありきで、綱領・規約などは後回しという粗製乱造ぶりです。
 最近でも、生活の党に山本太郎参院議員が入党して「生活の党と山本太郎となかまたち」に変わり、園田博之衆院議員が次世代の党から休眠状態の太陽の党に復党して助成金を受けられるようになりました。昨年解党したみんなの党に所属していた参院議員4人にアントニオ猪木議員が加わって新党「日本を元気にする会」も発足しています。
 政党助成金は手弁当で支持を訴えて資金をカンパしてもらい、機関紙誌や出版物で政策を訴えて収入も得るというような地道な活動を不要にします。その結果、政党としての体力が低下し、政党の堕落をもたらすことになりました。金目当ての離合集散はやまず、制度開始から14年までの20年間に政党助成金を受け取った政党は35党にのぼりますが、うち27党は解散・消滅しました。
 助成金は、吸入すれば気持ちがよくなるけれど身体が蝕まれていく「麻薬」のような制度です。その廃止こそ、本当の「身を切る改革」にほかなりません。国民にとっては1人当たり250円という税金が強制的に徴収され支持していない政党にも配分されるとんでもない仕組みであり、政党にとっては資金目当ての結成や体力の低下をもたらしてきました。双方にとってマイナスとなるこのような制度は早急に廃止するべきでしょう。

 構造改革とアベノミクスの失敗―右傾化を生み出した貧困化と格差の拡大

 政治の右傾化にとっては、構造改革やアベノミクスなどの失敗が大きな要因となっています。これらの「改革」の結果、貧困化が進んで格差が拡大し、それによって生じた不満や疎外感が排外主義や右翼的ナショナリズムの背景となっているからです。
 所得や資産の格差を図る指数としてはジニ係数があります。この数値が大きいほど格差が大きいことになりますが、日本のジニ係数は1981年以降、一貫して増え続けてきました。
 厚生労働省の調査でも12年と13年の年収を比べれば、1000万円以上が172万人から186万人に14万人増えたのに対し、年収200万円以下も1090万人から1120万人へと30万人増えています。中間層が減り、富の集中と低所得層の増加が生じたことが分かります。
 その結果、若者を中心にして社会に対する不平・不満が高まりましたが、政治はその解決の道筋を示すことができず、鬱屈した感情が高まりました。そのはけ口が少数者に向けられ、差別と排除の対象とされたのが在日のコリアンなどです。
 安倍政権はそれを是正しようとはせず、社会的統合と支持基盤拡大のために利用してきました。こうしてヘイトスピーチが繰り返され、周辺諸国に対する敵意が高まり、右傾化と呼ばれるような排外的ナショナリズムが強まってきたのです。
 このような社会的風潮を背景に、日本会議議連と呼ばれる右翼的な議員集団も力を強めてきました。第3次安倍内閣の閣僚の大半がこの団体に属し、埼玉県議会の半数が日本会議議連のメンバーによって占められるなど地方でも増えてきています。

どうすれば良いのか

 これらの問題を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。政治家や政党の劣化・堕落、政治の右傾化を引き出した要因をなくすように努めなければなりません。そのための「政治改革」や「構造改革」のやり直しが必要です。
 諸悪の根源である小選挙区制をなくして比例代表制に変えること、政党助成金を廃止すること、貧困化と格差是正のための再分配政策を実施すること、正しい歴史認識に立ち戻り周辺諸国との関係改善につとめることが、政治の目標とされなければなりません。
 また、日本会議議連に加わっているような右翼的議員を議会から一掃する必要があります。先の衆院選では次世代の党という極右政党が壊滅的な打撃を受けました。来るべきいっせい地方選挙でも、地方政治で同様の結果を生み出すことが必要になっています。

                     
〔以下のメッセージは、東京革新懇代表世話人として送ったものです。〕

 府中革新懇の結成30周年、おめでとうございます。全国の革新懇が結成されたのは、1981年5月26日で34年前になります。その3年後に府中で産声を上げたわけですから、かなり早い時期での立ち上がりだったと言えるでしょう。
 当時、「社公合意」によって共産党と社会党の統一戦線はほとんど実現可能性がなくなり、社会的なレベルにまで広げた統一戦線の母体として構想されたのが革新懇談会でした。政党だけでなく労働組合や民主団体、個人などを幅広く結集し、それを基盤に民主的な政府を樹立するという戦略を描いたわけです。
 それから34年。住民要求の実現を目指し、革新的な政治勢力を結集する母体として活動を続け、生活向上、民主主義、平和という革新3目標は新たな輝きを放つようになってきました。これらの課題がますます切実なものになっているからです。
 そのような変化を生み出したのは安倍首相による暴走政治にほかなりません。右だろうが左だろうが、平和と生活、民主主義を守るためには安倍首相の暴走をやめさせるしかない。これが「保守」の新しい姿なのです。地方や地域は、そこまで追い込まれてしまいました。
 安倍首相の暴走を阻むには、このような人々とも力をあわせなければなりません。「一点共闘」で政治を変えることが必要です。地域を基盤にした切実な課題での共闘の実現こそ、政治を変える力を生み出すカギなのです。
 そのような実例を、新基地反対という沖縄での「一点共闘」が示しました。それは例外ではなく、政治を変えたいと願う日本のどこでも可能な「明日」の姿を示しています。それに学んで、革新懇運動の刷新を図ることが求められています。
 革新懇の本格的な出番がやってきました。地域での住民要求実現の運動母体として、国政を変える力を生み出す草の根の組織として、府中革新懇が大きな飛躍を遂げることを期待しています。
 地域と日本の政治革新に向けて、さらに大きな役割を果たしてください。「あって良かった革新懇」と言われることをめざして……。

                     
〔以下のインタビュー記事は『東京民報』第1875号、2015年2月8日付、に掲載されたものです。〕

 人質事件について、法政大学元教授の五十嵐仁さんに聞きました。
      ◇
 この悲報はまことに残念で、罪のない民間人やジャーナリストの命を奪う残忍な犯罪行為を断固として糾弾します。
 映像公開とともに「イスラム国」が発したメッセージは、安倍首相の「勝ち目のない戦争に参加するという無謀な決断」が今回の事件の原因だとし、今後も日本人を対象にテロ行為を続けると表明しています。
 日本が「戦争に参加」したという非難は「誤解」によるものですが、この間、誤解を広げるような行動を繰り返してきたのは安倍首相自身でした。これも含めて、事件への対応をきちんと検証し、首相の責任を明らかにする必要があります。
 2人が人質になったことを政府がつかんでいながら、安倍首相はなぜこの時期に中東を歴訪したのでしょうか。小泉政権による自衛隊のイラク派兵以来、平和国家というイメージが中東で変わり始めていましたが、それに加えて、「イスラム国」対策としての2億ドル支援の表明、集団的自衛権行使容認や「積極的平和主義」への転換が、過激組織の「誤解」を広げてきたのではないでしょうか。
 事件を口実に、「邦人救出」を名目にした自衛隊の海外派兵を目指すといった動きは、日本国民への敵視を強めリスクをさらに高めるだけです。決して認めるわけにはいきません。

2月11日(水) 暴走政治に「反響の法則」 前途多難な安倍政権 [論攷]
〔以下のインタビュー記事は『東京民報』第1875号、2015年2月8日付、に掲載されたものです。〕

 戦後70年の今年は、安倍政権のもとで日本の平和と今後の針路が大きく問われる年になります。総選挙結果を受けて政治はどう動くのか、法政大学元教授の五十嵐仁さんに聞きます(1面参照)。

 
 ―安倍内閣のもとで通常国会が始まっています。

 総選挙を受けて第3次安倍内閣が発足しましたが、これは大きな惨事を国民に及ぼす可能性のある「大惨事」安倍内閣だと思います(笑)。
 2年間も任期を残していたのに実施された今回の解散は、、「政治とカネ」の問題が表面化したことや、アベノミクスがうまくいかず消費税再増税が強行できないことなどを受けて、政権基盤を立て直そうとしたものでした。
 昨年1月の東京民報でのインタビュー(2014年新年合併号)で、「国民の異議申し立ての行動を通して、安倍内閣に引導をわたす年、解散・総選挙を実現させる年に」と話しましたが、この解散は国民の運動に追い込まれてのものだったと思います。
 選挙の結果、与党が3分の2の議席を獲得して圧勝したと報じられていますが、これはもともとあった議席を維持したにすぎません。しかも、与党のなかで自民党は議席を減らし、公明党が増やしています。
 それ以上に大きく変わったのが野党内の勢力で、共産党が8議席から21に大きく躍進しました。他方で、野党内の隠れ与党というべき次世代の党は19議席から2議席になり、ほぼ壊滅しました。安倍さんからすれば、こうした結果は大きな誤算だったでしょう。

 ―1年前のインタビューで、国民の異議申し立ての広がり、デモの復権が起きていると話されていました。

 私は、「反響の法則」とよく言うのですが、生活や平和への攻撃があるところ、必ず国民の運動という反撃が起きざるを得ません。
 昨年1年を見ても、7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対運動が大きく盛り上がり、沖縄新基地建設反対、TPP(環太平洋連携協定)参加交渉や農協改革、消費税増税など安倍政権の暴走につぐ暴走に対して、国民の大きな運動が巻き起こりました。
 特に沖縄では、県知事選や衆院選の小選挙区で、新基地建設反対の「一点共闘」が大きな成果をあげました。共産党候補が小選挙区で勝ったのは、小選挙区制最初の96年選挙での京都と高知以来です。「一点共闘」という形で小選挙区制の壁を突破し、不公平で歪んだ選挙制度を変えていく新たな展望を示した貴重な成果でした。

 ―総選挙では、市民運動からの共産党への支持、注目が大きく広がりました。

 安倍さんのいう経済の「好循環」はまったく実現しませんでしたが、共産党が展開してきた運動と選挙の「好循環」、これは実現したと言えますね(笑)。
 脱原発の官邸前行動など運動の現場に、共産党の候補者が議員になる前から参加している。そういう姿を運動の中で実際に見てきた人たちが信頼を寄せ、それが投票行動に結びついたのだと思います。
 また、ブラック企業追及など、共産党が参院で議案提案権を獲得して法案を提出しました。運動とともに選挙で議席を増やせば政治を動かせることが、わかりやすく目に見えるようになってきた1年でした。
 この好循環を国政だけではなく地方政治でも生み出していくことが、いっせい地方選挙での課題です。

 ―戦後70年の今年、政治はどう動くでしょうか。

 毎日新聞の世論調査(1月19日付)では、アベノミクスについて、「地方に十分浸透しているか」という問いに、「浸透している」が6%、「浸透していない」が86%でした。
 さらにこの調査では、戦後50年に出した村山談話を「引き継ぐべきだ」が50%、集団的自衛権行使容認に反対が50%、原発再稼働反対が54%、憲法改正に理解が深まっていると「思わない」が76%です。安倍政権のやろうとしていることは暴走どころか、国民世論に逆行し、「逆走」するものばかりです。
 また、戦後70年にあたって安倍首相が出そうとしている談話が周辺諸国との摩擦を生むものにならないか、アメリカは早々と危惧を表明しています。戦後50年の村山談話にある侵略戦争と植民地支配への反省という言葉は、そのまま戦後60年の小泉談話にも引き継がれました。
 これをどうするのか。周辺諸国の批判を浴びるような談話になれば再びアメリカは「失望」を表明し、国際的に孤立するでしょう。逆に、そういう批判を浴びないものなら、安倍さんを支持してきた極右勢力が黙っていない。どちらにしても、大きな矛盾に直面することになります。
 安倍首相は総選挙の結果、政権基盤を安定させたといわれていますが、一皮めくると前途多難なことばかりです。国民の大惨事を転じて辞任に追い込み、安倍さんの大惨事につなげる可能性は大いにある。また、そういう一年にしなければならないと思います。

                     
〔以下の論攷は、東京土建『建設労働のひろば』No.93、2015年1月号、に掲載されたものです。〕

はじめに

 寝込みを襲うような突然の解散・総選挙であった。国民が寝ぼけまなこをこすっているうちに、さっさと選挙をやって票をかすめ取ろうという作戦だったのかもしれない。圧倒的な無勢で奇襲攻撃をかけ、今川義元の多勢を打ち破った織田信長とは逆に、大軍をもって奇襲攻撃をかけた「逆桶狭間」の合戦だったという見方もある。
 安倍首相がこのような奇襲攻撃をかけたのはなぜか。考えられるのは、「政治とカネ」の問題で窮地に立たされたことだ。第2次安倍改造内閣が出発した直後、「目玉」とされた女性閣僚のうち小渕優子経産相と松島みどり法相が辞任するという予想外の事態が生じた。「政治とカネ」の問題はその後も止まず、11月28日には政治資金収支報告書の公表が予定されていた。安倍首相が記者会見で解散を発表したのは、その10日前の11月18日である。
 もう一つの理由は、消費増税再増税の延期問題だ。消費税を8%から10%へと再増税するかどうかについて判断する期限が迫り、苦慮した安倍首相は7〜9月のGDP成長率が2期連続でマイナスを記録したのを見て再増税の延期を決断する。そうすれば自らの責任問題が生じ、財務省からの激しい抵抗も予想された。責任を回避し、抵抗を押し切るためには政権基盤の再編が必要だった。そのために解散・総選挙に踏み切ったという見方である
 さらに、安倍内閣の支持率の低下も無視できない要因だった。改造内閣の発足直後は「ご祝儀相場」的な支持率の回復があったが、長期的には低下傾向であることは否めない。日本経済新聞社とテレビ東京による10月の世論調査で安倍内閣の支持率は48%と9月の前回調査より5ポイント下がり、7月と並んで最低となった。この先、支持率が上昇する可能性も低いということで、野党の選挙準備が整っていない今のうちに解散・総選挙に打って出た方が得策だという判断が働いたのではないかというのである。
 どのような理由が正しいかは分からない。しかし、政権基盤を強化するための解散であり、そのことによって当面の難局を乗り切り、15年秋の自民党総裁選挙での再選を果たして長期政権への道を開きたいという打算が働いていたことは確かだろう。問題は、その打算通りになったのか、ということである。

一、 本当に「勝った」のはどこか

1 総選挙の結果

 衆院は11月21日に解散し、12月2日公示、14日投・開票という日程で実施された。その結果は、第1表(省略)に示される通りである。
 安倍首相は選挙での獲得目標として、与党で過半数以上という低い目標を設定した。マスメデイアはこの策略にのせられ、実際には解散前とほぼ同程度の勢力を維持したにすぎないのに、自民党が「圧勝」したかのような印象を与えられ、そのような情報を振りまいた。
 しかし、第1表(省略)と第2表(省略)を見れば分かるように、今回の選挙で最も議席と得票を増やしたのは共産党で13議席増、小選挙区で234万票、比例代表で237万票の増となっている。最も議席を減らしたのは次世代の党で17議席減という惨敗である。このような議席の増減から選挙の結果を端的にいえば、国会内での手ごわい反対勢力である左翼を増やし、「是々非々」で政権の応援団にもなる極右を減らしたことになる。
 国会を解散して総選挙を実施しなければこのような結果にはならなかったはずだ。少なくともあと2年間は安倍政権にとっては好ましい勢力関係を維持できたにちがいない。しかし、突然の解散・総選挙によって安倍首相はこのような勢力関係を変えるリスクを犯し、結果として共産党や民主党の議席を増やして左翼の比重を高めることになった。まことに皮肉な結果だったというべきだろう。
 さらに詳しく今回の総選挙での票の動きを見ると、次のようなことが分かる。前回の2012年に日本維新の会、みんなの党、日本未来の党で約2000万票(比例)を得票した「第三極」は、今回の総選挙で維新の党、次世代の党、生活の党で約1000万票と半減した。これら3党が失った票の半分(約500万票)は棄権に回り、そのために棄権が500万人、6.6ポイント増えた。
 残りの約半分(400万票)は、今回得票を増やした共産(237票)、自民(104万票)、公明(19万票)、民主(15万票)に投じられた。このうち共産党が増やした得票数は半分以上の237万票だから、比例代表での票の変化を見ても、今回の総選挙での勝者は共産党であったということ、有権者の共産党への期待がいかに大きかったかということが示されている。
 また、自民党は「圧勝」したとされているが、議席総数で2議席、小選挙区では223議席と14議席減らし、小選挙区の得票数も2546万票で18万票の減少だ。小選挙区での得票数の推移を見れば、自民党は09年に522万票減、12年に166万票減、そして今回も18万票減と一貫して減らしてきた。
 それにもかかわらず多数議席を獲得してきたのは、比較第1党が議席を独占できる小選挙区制のカラクリのためであり、今回も48.1%の得票率で75.3%の議席を獲得している。この間、有権者は自民党にダメを出し続けているにもかかわらず、その意思は全く議席に反映されていない。
 今回は小選挙区で得票数だけでなく議席も減らしたが、それでも自民党が「圧勝」できたのは比例代表で11議席増の68議席を獲得したからだ。しかし、増やした得票数は104万票で、共産党が増やした票の半分にも及ばない。
 つまり、安倍首相が進めているアベノミクスによる一定の受益とその「おこぼれ」に対する期待は確かにあり、それは比例代表での104万票増に反映されている。しかし、アベノミクスに対する危惧と反対も強く、安倍首相の暴走にストップをかけてほしいという有権者の願いの方が2倍以上も多かったのだ。
 安倍首相は奇襲攻撃のような突然の解散・総選挙によって与党全体としての現状維持に成功した。しかし、それはアベノミクスに対する異議申し立ての機会としても有効に活用され、国会の勢力関係を変えて強力な反対者の登場を促す結果となった。
 それは、安倍首相の目論見を大きく覆すものだったと言って良いだろう。総選挙の結果は必ずしも安倍首相の「作戦勝ち」とは言い切れないものだったのである。

2 鮮明になった「自共対決」の構図

 共産党は公示前の8議席から13議席も増やして21議席となり、議案提案権を獲得しただけではない。沖縄1区では辺野古での新基地反対の「一点共闘」という「統一戦線の萌芽形態」によって赤嶺政賢候補を当選させ、「小選挙区制の壁」を突破することに成功した。
 東京の比例代表の投票では、自民党の185万票、民主党94万票に次いで共産党は89万票を獲得して第3党になった。しかも、無党派層の投票先では一番多かったのが共産党で22.5%、自民党は20.6%、民主党は20.3%だったという。
 これまでも政策的には「自共対決」と言うべき構造が存在していた。今回の選挙では、有権者の投票行動においても、これからの国会での勢力分野としても、一段と「自共対決」の構図が鮮明になった。
 共産党躍進の最大の理由は安倍首相の暴走に対する信頼できる「ブレーキ」という役割への期待だ。それは今回が初めてではなく、昨年の東京都議選でも参院選でも示されてきた。しかし、今回の選挙は、参院選によって衆参両院の「ねじれ状態」が解消され、日本版NSCと言われる国家安全保障会議の設置や特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使容認の閣議決定など「安倍カラー」の強い政策が相次いで具体化され、靖国神社の参拝など「暴走」が一段と激しくなった後に行われた選挙だった。共産党にたいする「ブレーキ役」としての期待はさらに強まり、それが得票増にはっきりと示されている。
 安倍首相は、国民の反発を買うような暴走を続けた挙句、それに対する審判を下す機会を国民に提供した。安倍首相が国民世論を無視して強権的な姿勢を強めてこなければ、国民はこれほど強く反発しなかったにちがいない。そして、国民が反発を強めることがなければ、共産党への支持がこのような形で高まることもなかっただろう。
 総選挙の結果、共産党はこれまで十分でなかった国会の各種委員会での委員を確保し、いままでよりずっと多くの共産党議員が幅広い領域で論戦に参加できるようになる。様々な情報へのアクセスも容易になって調査能力が格段に向上し、省庁への影響力も強まり、独自の議案提案権によって法案を提出することができる。また、党首討論に志位委員長が出て直接安倍首相と渡り合うことにもなる。
 これほど、安倍首相にとって困った事態はない。今からでも国会運営の難しさにたじろぐ思いなのではないだろうか。
2月8日(日) 2014年総選挙と今後の展望(その2) [論攷]
〔以下の論攷は、東京土建『建設労働のひろば』No.93、2015年1月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップします。〕

二、 各党の消長

1 与党の消長―自民党と公明党

 自民党は予想されていたような300議席突破はならず、当選前の293議席より2議席減らして291議席となった。議席を減らしたのだから勝利したわけではない。自民党に投票した有権者の割合(絶対得票率)は小選挙区で24.5%、比例代表で17.0%と、4分の1以下にすぎない。
 とはいえ、単独で安定多数を維持しているから、依然として強引な国会運営を行う基盤を得たことになる。「信任を得た」としてスピードアップする危険性もあり、「暴走」してきた安倍首相に「給油」するような形になってしまったという見方もできる。
 しかし、安倍首相は景気回復の一点に争点を絞って支持を求めており、自民党への投票は「景気が良くなるなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」による支持であったと思われる。それを勘違いして、集団的自衛権や原発再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時こそ、大きなしっぺ返しを食らうことになるだろう。
 公明党は選挙前の31議席から4議席増やして35議席になった。その結果、与党では1議席増の326議席で衆院議席の3分の2を超え、参院で否決された法案の再可決が可能な勢力を維持した。
 与党としての勢力にほとんど変化はなかったが、その内部で公明党の比重が増えたことには意味がある。これまでの安倍首相の暴走に不安を感じた国民の一部が、「ブレーキ役」としての期待をかけたのだろう。
 しかし、それは錆びついていて十分に作動するとは限らない。このことは集団的自衛権の閣議決定に至る過程で示されており、関連法の改定でどれだけ効くかは不明だ。消費再増税に際しての「軽減税率導入」という約束とともに、今後の対応が試されることになる。
 今回の選挙でも、小選挙区で自民党は公明党の支援を受けており、相互依存の構造はさらに定着したように見える。自民党は公明党の意向を無視して政権運営を行うことは不可能になりつつある。今回の選挙のタイミングも、来春の統一地方選挙とかち合うことを避けたい公明党の考えを反映していたと見られている。

2 野党の消長―民主党と「第三極」

 民主党は11議席増やして73議席になったが、予想されたほどには回復しなかった。党内には敗北感が漂い、小選挙区で当選できず、比例でも復活できずに落選した海江田万里代表は辞任した。
 有権者の期待を裏切り失望を買った民主党政権の後遺症を癒すにも、野党の再編や選挙協力を進めるためにも、2年間は短かすぎたということだろうか。この点では、安倍首相による「今のうち解散」という戦術にまんまとはまってしまったということができる。
 加えて、消費増税や原発再稼働、TPP参加などの政策には民主党も反対しているわけではなく、改憲についての党内の意見も割れており、安倍首相の暴走に対してブレーキなのかアクセルなのか不明だという曖昧さがあった。海江田代表のキャラクターもあって支持は盛り上がらず、維新の党から批判されるなど選挙協力は不発で、十分な結果を生むには至らなかった。
 「第三極」では維新の党は1議席減の41議席と、ほぼ現状維持にとどまったかに見える。しかし、前回の総選挙では54議席と躍進した。これに比べれば、13議席の減少になり、大きな後退だと言える。
 維新の党は得票でも、小選挙区で262万票、比例代表で388万票の減少となった。どちらも、今回票を減らした政党の中では最大となっている。
 維新の党の地盤である大阪では、前回14人出て12人当選したが今回は14人出て選挙区では5人の当選にとどまった、しかし、比例代表では自民党を上回る第1党で、32.4%の得票となって7人が復活当選している。
 当初の予想よりもかなり復調したように見える。それは世論調査で自民党が300議席で圧勝と報道されたことが影響したのではないか。そんなに勝たせてもよいのか、勝つなら入れる必要はないということで、自民党から維新に票が流れたと思われる。
 前回の総選挙で健闘して18議席を獲得したみんなの党は、今回の選挙では姿を消し、渡辺喜美元代表は落選した。まことに無残な末路だが、そのために投票先を失って棄権してしまった支持者も少なくなかっただろう。
 最も安倍首相に恨みをぶつけたいと思っているのは、次世代の党の平沼赳夫代表ではないだろうか。次世代の党は公認48人に対して当選は2議席と惨敗し、19議席が17も減って壊滅的な打撃を受けた。
 次世代の党は安倍首相の応援団として行動し、自民党を右に引っ張る役割を演じた。今回の選挙では「ネトウヨ」などを頼りに保守色を前面に出し、「生活保護は日本人に限定」「慰安婦問題はでっちあげ」などと主張した。このような極右政党を見限ったところに、日本の有権者の見識が示されている。
 しかし、この党をあなどってはならない。ネット上の動画の再生回数は30万回を越え、ツイッターのフォロワーも自民、公明に次いでいる。比例代表の得票数は141万票に上り、社民党の131万票や生活の党の103万票よりも多い。日本社会の右傾化を示す兆候として警戒する必要があるだろう。

3 史上最低投票率の意味と背景

 今回の総選挙で注目されたのは52.66%という投票率の低さであった。それは、突然実施された無意味な選挙に対する有権者の無言の抗議だったという見方もできる。このような選挙で信任が得られたなどとは言えず、まして、「白紙委任」を受けたなどと強弁することは許されない。
 このような低投票率を生み出した背景については、悪天候や投票時間の繰り上げの増加、市町村合併などの影響で投票所が減って遠くなった、自民党が「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」を出したためにマスコミが委縮し、選挙報道を手控えたなどの背景があった。加えて、以下のような背景や原因が考えられる
 その第1は安倍首相の責任だ。消費増税の延期やアベノミクスの継続による景気回復など、国民の反対しにくい課題を争点に据え、集団的自衛権の行使容認、改憲、TPPへの参加、沖縄での新基地建設、農業・医療・労働分野での規制緩和など、他の重要な争点を隠す「争点隠し戦術」に出たからだ。
 第2は野党の責任だ。民主党と「第三極」は安倍首相の暴走に対する選択肢を提起できず、政治が変わるという期待も可能性も有権者に示すことができなかった。民主党について言えば、小選挙区で候補者の擁立が少なかったという点が決定的だ。加えて、政策的に大きな違いがある維新の党などと選挙協力を行ったことも、有権者にとっては当選目当ての「野合」と映り、選挙への関心を低下させたことだろう。
 第3に、小選挙区制という選挙制度の責任だ。衆院選の投票率は小選挙区比例代表並立制が導入された1996年に初めて60%を割り、50%台になったのは、03年、12年に続いて今回が4度目になる。この制度の下で投票率の低下が際立っているが、このことは拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』(労働旬報社、1993年)の78頁で指摘していたように、制度の導入前から予想されていたことだ。
 第4に行政の責任だ。9条の会主催の講演会への後援とりやめや俳句の公民館便りへの掲載拒否などの理由は、政治的なテーマで意見の違いがあるということだった。しかし、政治にかかわるどのような問題でも賛否両論があることは避けられず、それを理由に後援や掲載をとりやめれば、市民や住民を政治から遠ざけることになってしまう。このような形で普段は有権者を政治から「隔離」しておきながら、選挙になった途端に「政治に関心を持ちましょう。選挙に行きましょう」と言い出すことの滑稽さが、自治体などの行政担当者に分かっているのだろうか。

2月9日(月) 2014年総選挙と今後の展望(その3) [論攷]
〔以下の論攷は、東京土建『建設労働のひろば』No.93、2015年1月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップします。〕

三、今後の展望とジレンマ―安倍首相の「表情が終始険しかった」のはなぜか

1 憲法をめぐる勢力関係の変化

 総選挙が投開票された翌日、12月15日付の『産経新聞』に「衆院選は自民党が勝利を収めたが、安倍には忸怩(じくじ)たる思いが残る」「衆院選は自公で3分の2超の議席を得たが、憲法改正は遠のいた。任期4年で改憲勢力をどう立て直すのか。勝利とは裏腹に安倍の表情は終始険しかった」という記事が掲載されていた。なぜ安倍首相の「表情は終始険しかった」のだろうか。
 それは憲法をめぐる国会内の勢力分野が大きく変わってしまったからだ。総選挙では、次世代の党の壊滅、維新の党の不振、みんなの党の消滅という形で「第三極」は存在感を大きく低下させた。
 この結果、「いざという時の第三極頼み」という戦術が取りにくくなった。改憲発議については衆参両院で3分の2を確保しなければならないが、参院での3分の2は再来年の参院選で躍進しても自民党だけでは無理で、公明党が頼りにならない場合、「第三極」を当てにせざるを得ない。特に、次世代の党が大きな援軍だったが、それがほとんど姿を消してしまった。安倍首相としては、これほど大きな計算違いはなかっただろう。
 それに、公明党が議席を増やした。今後の安保法制や日米ガイドラインの改定などでもできるだけ「限定」する方向で抵抗するとみられる。総選挙が終わってすぐに、安保法制の改定について集団的自衛権行使容認の範囲を「日本周辺の地域」に限る方針だとの報道があった(『毎日新聞』12月18日付)が、これは公明党の意向を踏まえた揺れだろう。
 また、憲法についても公明党は9条を変える「改憲」ではなく、プライバシー権などの新たな条項を追加する「加憲」の立場だ。安倍首相の改憲戦略にとっては、「躓きの石」になるかもしれない。

 
2 アベノミクスの不透明な前途

 投票率が下がったにもかかわらず自民・公明の両党ともに比例代表での得票を増やしている。しかし、それはアベノミクスを続ければデフレ不況から脱却して好循環が始まるという安倍首相の口車に乗せられ、景気回復への淡い期待を抱いた消極的な支持であり、第三極を見放して支持の行き場を失い寄せ集まった一種の「吹き溜まり」のようなものだ。
 安倍首相は、今回の支持増大が「吹き溜まり」であり、別の風が吹けば飛び散ってしまうことを薄々感づいているのかもしれない。そこに熱狂はなく、醒めた計算と懐疑的な眼差しがあるだけなのだ。
 「この道しかない」と言って有権者に無理強いしたアベノミクスの前途は不透明で、経済の先行き不安を感じているのは、安倍首相も同様だろう。しかも、消費増税の悪影響が思いのほか大きく、円安が必ずしも日本経済にプラスにはならず、かえって物価高を招いて消費不況を強めてしまうことが明らかになった。
 今後もアベノミクスによって景気が回復し、好循環が始まる可能性は低いと見たからこそ、安倍首相は「今のうち解散」に打って出た。それにもかかわらず、1年半後の消費税10%への再引き上げを確約してしまったわけで、いずれそのツケがやってくるのではないかという心配も頭をよぎったことだろう。

 
3 直面する難題とジレンマ

 これからの安倍首相は、いくつもの難題に直面しジレンマを抱えることになる。それがどれほど安倍政権への打撃となるかがはっきりしてくるのはこれからだ。
 そのうちの一つは、沖縄の新基地建設をめぐるジレンマだ。辺野古での新基地の建設に反対だという民意は今回の総選挙でもはっきりと示された。名護市長選挙、市議選挙、沖縄県知事選挙、そして今回の総選挙と、今年に入ってからの全ての選挙で基地反対派が勝利したという事実には極めて重いものがある。
 それにもかかわらず、安倍政権は新基地建設を強行しようとしており、政府と沖縄との対立はさらに強まると予想さる。その時、アメリカ政府はどう対応するだろうか。辺野古での新基地建設は無理だと諦める(その可能性は少なくない)ことになれば、安倍政権は窮地に陥るだろう。
 もう一つは、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加をめぐるジレンマだ。中間選挙での共和党の勝利によってオバマ政権は今まで以上に強い態度で出てくる可能性があり、日本に譲歩することは考えられない。
 かといって、この段階での交渉離脱は政権危機を招き、交渉が妥結したとすれば日本が屈服したことを意味する。例外なしでの関税撤廃やISDS条項の導入など日本の国内市場の全面的な開放がなされ、農業を始め、商業、建設、医療、保険、金融などの分野は壊滅的な打撃を受けるにちがいない。
 地方創生を言いながら、地方の壊滅に向けての扉を開くことになる。さらに困難を増やすような政策展開は中央政府に抗して故郷を守ろうとする「保守」勢力との矛盾や対立を拡大し、自民党という政党の命取りになる可能性さえ生み出すことだろう。
 三つめのジレンマは原発再稼働をめぐるものだ。福島第1原発の事故は未だ原因も不明で事故は収束していず、放射能漏れを遮断する凍土壁は失敗で、放射能漏れ自体もこれまで発表されていた以上の量に上る。脱原発を求める世論は多数だ。
 このような中での再稼働の強行は世論との激突を招くだろう。とりわけ、原発の周辺30キロ以内でありながら発言権を認められない自治体の危惧と反発には強いものがある。
 エネルギーを原発に頼る政策への復帰は、再生可能エネルギーの軽視と買い入れの停止などと結び付く。太陽光発電などの再生可能エネルギーを新しいビジネスチャンスととらえて取り組んで来た企業や自治体などの反発は大きく、再生可能エネルギーをテコとした循環型経済による地域の活性化を目指してきた動きも封じられる。このような方向での地方創生の芽を摘むことになるだろう。
 さらに、四つめのジレンマは労働の規制緩和についてのものだ。通常国会には労働者派遣法の改正案が出る可能性が高く、ホワイトカラーエグザンプションの新版である「残業代ゼロ法案」の準備も進んでいる。これによって派遣労働が拡大され、労働時間が長くなれば、非正規雇用の拡大、雇用の劣化、過労死・過労自殺やメンタルヘルス不全が蔓延し、経験の蓄積、技能の継承、賃金・労働条件の改善、可処分所得の増大などは望めなくなる。消費不況と少子化は深刻化し、日本企業の国際競争力と経済の成長力は失われるにちがいない。
 当然、女性の社会進出はさらに困難となり、デフレ不況からの脱却は不可能になるだろう。「この道しかない」と言って「成長戦略を力強く前に進め」た結果、自滅への道に分け入ってしまうことになり、これこそ最大のジレンマだと言わなければならない。 

 
むすび

 安倍首相は、これ以上の内閣支持率の低下を避け、消費再増税の延期についての責任問題を回避して財務省の抵抗を排するために、総選挙に打って出たとみられている。しかし、その結果は必ずしも意図したようにはならず、多くの誤算を内にはらむものだった。
 今回の総選挙の結果、15年に予定されている自民党の総裁選挙は何とかしのげそうだが、その前の統一地方選や16年の参院選の壁は越えられるのだろうか。「自民圧勝」の大宣伝にもかかわらず安倍首相の表情が「終始険しかった」のは、それが必ずしも容易ではないということに気が付いたからかもしれない。
 この先、どんなに追い詰められても逃げることはできない。もう解散という「伝家の宝刀」を抜いて、使ってしまったのだから……。


                     
〔下記の論攷は、『学習の友』No.783、2015年2月号、に掲載されたものです。〕

 かつて織田信長は圧倒的な無勢であったにもかかわらず、桶狭間で今川義元軍を打ち破りました。今回の総選挙で安倍「信長」は、圧倒的な多勢をもって野党に奇襲攻撃をかけました。「逆桶狭間」の合戦です。
 その結果、野党を打ち破ったのかと言えば、そうではありません。与野党の勢力関係にはほとんど変化がなかったからです。
 それでは、今回の総選挙で勝者はいたのでしょうか。敗者となったのはどの政党でしょうか。総選挙の結果は、資料1「党派別当選者数」と資料2「党派別得票数と絶対得票率」(省略)のようになっています。これを、どう見たらよいのでしょうか。

 メディアで言われるほど「圧勝」していない自民党

 今回の選挙結果について、メディアなどでは自民党が「圧勝」したかのように報道されています。確かに、自民党は単独で過半数を越え、公明党と合わせて3分の2以上の326議席を確保しました。与党の絶対多数を維持したという点では、安倍首相の狙い通りの結果であったという見方が可能です。
 しかし、自民党は選挙戦の序盤や中盤で予想されていたような300議席突破はならず、公示前の293議席より3議席減らして290議席(選挙後の追加公認で291議席)となりました。選挙中盤における「圧勝」予測によって「揺れ戻し」が生じ、選挙前よりも2議席減らしましたから勝利したわけではありません。
 同時に、単独での安定多数を維持していますから、依然として強権的で強引な国会運営を行う基盤を得たことになります。「信任を得た」と言い張って「亡国の政治」を加速する危険性もあり、これまで暴走してきた安倍首相に「給油」したという見方もできます。
 しかし、安倍首相はアベノミクスの継続と景気回復の一点に争点を絞り、集団的自衛権行使容認や改憲、沖縄での新基地建設、原発再稼働、TPP参加などの重要課題については争点隠しに徹しました。今回の自民党への投票は「アベノミクスで景気が良くなるかもしれないなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」による消極的な支持であったと思われます。それを勘違いして、集団的自衛権行使容認や原発再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時こそ、小選挙区で自民党候補が全滅した沖縄のように、大きなしっぺ返しを食らうことになるでしょう。

 自民党に投票したのは有権者の4分の1以下

 自民党は小選挙区で222議席と15議席減少させ、得票数も2546万票と18万票の減少になっています。小選挙区での得票数の推移を見れば、09年に522万票減、12年に166万票減、そして今回も18万票減と一貫して減らしてきました。
 それにもかかわらず多数議席を獲得してきたのは、比較第1党が議席を独占し、4割台の得票率でも8割台の議席を獲得できるという小選挙区制のカラクリのためです。今回も48.1%の得票率で75.3%の議席を獲得しました。過去3回の選挙で有権者は自民党にダメを出し続けているにもかかわらず、その意思は全く議席に反映されなかったというわけです。
 今回は小選挙区での得票数だけでなく議席も減らしましたが、それでも自民党が過半数を突破できたのは、比例代表で11議席増の68議席を獲得したからです。得票数も104万票増やして1766万票になりました。しかし、それが有権者のどれだけの割合になるか(これを絶対得票率と言います)と言えば、小選挙区で24.5%、比例代表で17.0%にすぎません。
 つまり、有権者の4分の1以下の得票で、「圧勝」と勘違いされるほどの絶対多数を得たことになります。比例代表では前回より1ポイント増で、有権者の6分の1にすぎません。これで「一強多弱」などと言われるほどの国会勢力を獲得したのですから、ペテンのようなものじゃありませんか。

 極右政党が壊滅し、共産党が躍進した

 それでは、今度の総選挙での勝者はどこで、敗者はどの政党だったのでしょうか。それは、資料1を見ればたちどころに分かります。今回の選挙で最も議席を増やしたのは共産党で、13議席も増やして躍進しました。他方、最も減らしたのは次世代の党で、17議席減という一人負けの惨敗を喫しました。ここに、日本の有権者の良識が反映されています。
 共産党が躍進したのは、消費税の10%への引き上げ中止を掲げて「安倍暴走政治」に真正面から対決しただけでなく、増税に頼らない別の道があるとして具体的な対案を掲げてきた実績が評価されたからでしょう。今後の「安倍一強体制」のもと、野党内での発言力が高まった共産党の役割はさらに大きなものとなるにちがいありません。
 政策的な立ち位置からすれば、共産党は国会内で最左翼であり、次世代の党は海外で「極右政治家」とみなされている石原慎太郎元都知事をはじめ、「ネトウヨのアイドル・田母神閣下」や帝国日本の平沼騏一郎元首相を養父とする平沼赳夫党首などを候補とした極右政党でした。したがって、今回の選挙の結果を端的にいえば、国会内での手ごわい反対勢力である左翼を増やし、「是々非々」で政権の応援団になる極右を減らしたことになります。
 国会を解散して総選挙を実施しなければこのような結果にはならず、少なくともあと2年間は安倍政権にとって好ましい勢力関係を維持できたはずです。しかし、突然の解散・総選挙によって安倍首相はこのような勢力関係を変えるリスクを犯し、結果として共産党や民主党の議席を増やして左翼の比重を高めたわけで、まことに皮肉な結果になったというべきでしょう。

 真の勝者は共産党

 さらに詳しく票の動きを見ると、次のようなことが分かります。いずれも、新聞などではほとんど注目されていない重要なポイントです。
 今回の選挙の投票率は52.7%で前回よりも6.6ポイント、約500万票減少しました。他方で、前回の2012年に日本維新の会、みんなの党、日本未来の党で約2000万票(比例)を得票した「第三極」は、今回の総選挙では維新の党、次世代の党、生活の党で約1000万票と半減しています。
 これら3党が失った票の半分(約500万票)は棄権に回り(そのために棄権が500万人、6.6ポイント増えたわけです)、残りの約半分(400万票)は、今回得票を増やした共産党(237票)、自民党(104万票)、公明党(19万票)、民主党(15万票)に投じられたと思われます。このうち共産党が増やした得票数は半分以上の237万票ですから、共産党の一人勝ちであったということ、有権者の共産党への期待がいかに大きかったかということがはっきりと示されています。
 自民党が比例代表での得票を104万票増やしましたから、アベノミクスによる一定の受益とその「おこぼれ」に対する期待が確かに存在したことが分かります。しかし、アベノミクスに対する危惧と反対も強く、それは共産党が増やした237万票に反映されました。つまり、安倍首相の「暴走」にストップをかけてほしいという有権者の願いの方が2倍以上も多かったということになります。
 確かに、安倍首相は「寝込みを襲うよう」な突然の解散・総選挙によって与党全体としての現状維持に成功しました。しかし、それはアベノミクスに対する異議申し立ての機会としても有効に活用され、国会の勢力関係を変えて強力な反対者の登場を促す結果となったのです。

 「一点共闘」の「沖縄方式」が開いた可能性

 今回の選挙で注目されたもう一つの点は、沖縄での小選挙区の結果です。沖縄の小選挙区では県知事選挙での経験を生かして新基地建設反対の一点での共闘が実現し、1区で共産党、2区で社民党、3区で生活の党、4区で保守系無所属の候補者が議席を獲得しました。「小選挙区だから当選は無理」とあきらめず、「一点共闘」によって小選挙区でも勝利した点は極めて大きな成果です。
 今後、他の小選挙区でも、「原発再稼働反対」「TPP(環太平洋経済連携協定)からの脱退」「消費税再増税反対」など、それぞれの県や地域において特に重要な争点になりうる課題で「一点共闘」を実現し、共同で推す候補者の擁立に成功すれば、自民党候補にも十分対抗できるでしょう。
 さまざまな政党が単一の争点で協力する「沖縄方式」は、他の小選挙区でも検討されてしかるべきです。今後、このような「沖縄方式」を広げていけば小選挙制の壁を突破できるという新たな展望を生み出した点でも、これは貴重な経験でした。

 ますます重要になる「ブレーキ役」

 今回の総選挙では、アベノミクスなど安倍首相が進もうとしている「この道」に対して、「もう少しやらせてみよう」と思った有権者は自民党に、「あまり行き過ぎては困る」という有権者は公明党や民主党に、「ブレーキをかけて止めてもらいたい」と考えた有権者は共産党に入れたと思われます。それが各党の得票増になって現われています。
 これまでも政策的には「自共対決」とも言うべき構造が存在していました。しかし、今回の選挙での有権者の投票行動においても、これからの国会での勢力分野としても、一段と「自共対決」の構図が鮮明になってきたといえます。しかも、与野党の力関係はあまり変わらなかった一方で、野党内では「自民党野党支部」のような次世代の党が壊滅状態になるなど様変わりしており、共産党が活躍できる余地は格段に高まりました。
 与党で現状維持となったものの自民党の議席を減らした安倍首相にとっては、「めでたさも中くらいなり」という心境かもしれません。それとも、野党内での応援団を減らして手ごわい強敵を増やしてしまったわけですから、「こんなはずじゃなかった」と思っているでしょうか。
 いずれにしても、暴走を続ける安倍首相への「ブレーキ役」として、共産党が果たすべき役割はこれまで以上に大きなものとなることでしょう。各種委員会への委員の派遣など、新たに獲得した国会内での大きな発言力と党首討論への復帰、議案提案権などを駆使して、安倍首相による「亡国の政治」にストップをかけてもらいたいものです。また、労働運動にとっても、今回の共産党の躍進は大きな援軍の登場となることでしょう。

                     
12月29日(月)〔以下の論攷は、『全国革新懇ニュース』第365号、2014年12月・2015年1月合併号、に掲載されたものです。〕

                          
大きく変わった政治状況下、運動の刷新を

 安倍首相の再登場とその「暴走」によって、日本の政治状況は大きく変わりました。戦後政治の全面的な反動化と戦争への加担を目指し、海外で「戦争できる国」づくりへの本格的な攻勢が始まったからです。

 極右の登場

 このような変化を踏まえ、新たな局面への対応に努めることが革新懇運動にも求められています。
 第1に、「極右」対「保守」の対抗という、これまでにない局面が生じました。安倍首相は従来の保守とは異なる急進的な右翼民族主義者として、これまでの自民党政治の枠組み自体の改変を課題としています。そのために、旧来の保守体制を担ってきた勢力との一定の亀裂と矛盾を引き起こすことになりました。
 第2に、このために「保守」と「革新」との間に新たな関係を構築する可能性が生まれています。とりわけ、9条改憲、集団的自衛権行使、沖縄の新基地建設、消費税再増税、原発再稼働、TPP参加などの課題をめぐって、良心的な保守無党派層と革新勢力との主張や要求の共通性が生ずることになりました。
 第3に、このようななかで、青年・学生層でも放射能の恐怖や戦争への不安が増大し、政治への関心が高まり、行動へのエネルギーも強まっています。特に、脱原発に向けての官邸前行動、特定秘密保護法や集団的自衛権行使容認に反対する運動、安倍やめろドラムデモなど、多彩で独創的な運動への若者の参加も目立つようになりました。

 革新3目標

 第4に、これらの要求や運動はいずれも平和・民主主義・生活向上という目標にもとづく政治革新なしには実現できません。それは「革新3目標」の今日的な意義の高まりということであり、革新懇運動にとって有利な条件が新たに生じたということを意味しています。
 このような新たな条件を生かすかたちで、革新懇運動の刷新を図ることが必要になっています。 そのためには、以下のような点に心掛けることが大切でしょう。
 第1に、個々の政策課題での要求の一致に基づく共闘の実現に力を入れなければなりません。このような「一点共闘」によって、運動の幅を画期的に拡大することが必要です。そのような経験は、沖縄での新基地建設反対運動はもとより、脱原発や反TPP運動などでも蓄積されてきています。

 過去を問わず

 第2に、新たに運動に加わる人々の過去を問わないという態度が必要です。これまでどのような立場でいかなる主張を行っていた人でも、現在の課題において共同できるのであれば手を結ばなければなりません。それまでの立場や主張を変えて協力しようというわけですから、その過去を問題とすれば協力は不可能になってしまいます。
 第3に、運動の継承と発展のために、若者の参加と世代の交代などに留意することです。ベテランや高齢者の知恵と経験は貴重ですが、若者の参加は運動の継承にとって不可欠です。そのために、若者の参加しやすい企画や場の設定に配慮しなければなりません。
 第4に、そのためにも運動手法の刷新が必要です。IT手段の活用などバーチャルな世界と、集会、デモ、署名活動、シンポジウム、講演会や映写会などのリアルな世界とを組み合わせることで若者など幅広い層への情報発信に努めることです。その点で、ツイッターやフェイスブックなどSNS手段が有効であることは、この間の経験でも明らかになっています。
 自己革新によって成長を続ける組織こそ、次の世代を引き付ける魅力を発揮することができます。革新懇もそのような組織であって欲しいと思います。
 今日の日本政治が陥っている混迷状態を脱し、新たな政治革新の実現に向けて大きな役割を発揮することを期待しています。安倍政権と真正面から対峙して「暴走」をストップさせ、政治を根本的に変革することなしには、日本という国の未来は開けないのですから……。



                     
12月26日(金) 誇って良い青春 [論攷]

 総選挙投・開票日の前日に当たる12月13日、「アルカディア市ヶ谷」で小さな集まりがありました。三階康子・寺脇洋子編『外堀の青春―法大「マル研」と安保闘争の仲間たち』(桐書房)という本の出版記念会です。
 この本の最後に、私は「『60年安保』とは」という解説を書いています。その縁で私も招待され、この会に顔を出しました。

 この本の帯には、「これは60年安保闘争のなかで、ひとつの理想をかかげ、非暴力の大衆闘争を組織し、志を共にし、法政大学に学んだ若者たちの回想録である」と書かれています。サブタイトルにある「法大『マル研』」というのは、法政大学での学生サークルだった「マルクス主義研究会」のことです。
 このサークルに集まった学生たちによる安保闘争の回想と、その後の人生の歩みについての証言録が本書です。安保闘争についての回想は珍しくありませんが、それが参加者の人生観・社会観にどのように影響し、その後半世紀以上にわたってどう生きてきたかについての証言や記録は貴重なものだと言えるでしょう。
 60年安保闘争の頃、私は田舎の小学生でしたから、ほとんど記憶がありません。その私が安保闘争についての解説を書くことになったのは、同じ法政大学の同窓生であるという縁だけでなく、編者の三階さんが大学院でお世話になった故三階徹先輩の夫人で、その頃からの面識があったからです。

 ということで、以下に私の書いた解説「『60年安保』とは」の一部、最後の部分を紹介させていただきます。全文を読みたいという方は、桐書房http://www.kirisyobo.com/まで、本書をご注文下さい。定価は1728円となっています。

 誇って良い青春

 最後に、安保闘争時における学生運動の分裂に触れておかなければならない。全学連主流派と非主流派との、どちらが正しかったのかという問いである。その答えはすでに明瞭だと言って良い。過激な暴力行為に走った主流派のやり方は歴史によって断罪されているからである。樺美智子の非業の死は、このような誤った戦術提起の犠牲でもあった。
 安保闘争後、全学連主流派は分裂し続け、中核派や革マル派、社学同やマル学同などの新左翼諸党派に分かれた。やがて「暴力学生」との呼称が定着し、七〇年安保闘争でも暴力的な挑発行為に終始する。その後、暴力はさらにエスカレートし、京浜安保共闘や連合赤軍事件などの犯罪者集団として自滅路線を辿ることになった。今日の政治運動において、暴力やテロは完全に正当性を失っている。
 本書に登場するのは、このような主流派の暴力的挑発行為を厳しく批判し、非主流派として非暴力路線を選択した学生たちである。それは今も正当性をもっており、当時の選択としても正しいものであった。
 新安保条約の締結に反対したことも、そのために大衆的な行動に立ち上がったことも、そのための手段として非暴力を選んだことも間違いではない。迷いや未熟さはあっても、そこに過ちはなかった。誇って良い青春である。
 願わくば、その青春時代の情熱を「想い出」のなかに閉じこめるのではなく、今一度かきたてていただきたいものである。戦争できる国に向けてきな臭さを増している時代の流れを阻み、あの時にやり残した課題を達成するために。安保条約を廃棄して日米軍事同盟を打ち破り、平和で豊かな日本を後世の人々に手渡すという課題を……。

12月27日(土) 歴史による検証 [論攷]
 
 昨日のブログで、三階康子・寺脇洋子編『外堀の青春―法大「マル研」と安保闘争の仲間たち』(桐書房)という本に私が書いた解説「『安保闘争』とは」の最後の部分を紹介しました。今日のブログで、その前に書いた部分も、アップさせていただきます。
 というのは、あの時、新安保条約を結んだのは正しかったという言説が、安倍首相をはじめとして振りまかれているからです。このような主張が正しいかどうかは、すでに歴史によって検証済みだと、私は思います。
 以下の部分では、「現時点で歴史を振り返ってみても、安保闘争の意義を確認することができる。日米安保体制によって対米従属状態は固定化され、日米同盟によって日本は数々の過ちを犯すことになったからである」として、5点にわたってその問題点を指摘しています。

 歴史による検証

 安保反対で論陣を張った社会党は、三〇数年後に村山富市自社さ連立政権で安保条約の堅持を表明し、その容認に転じた。その社会党も、その後、社会民主党となって姿を消した。新安保条約は定着し、日米同盟は常識となった、かに見える。
 しかし、そうだろうか。新安保条約への懸念と危惧は“幻”だったのだろうか。安保闘争は有りもしない危険性に振り回された壮大な“空騒ぎ”だったのだろうか。
 いや、そうではなかった。現時点で歴史を振り返ってみても、安保闘争の意義を確認することができる。日米安保体制によって対米従属状態は固定化され、日米同盟によって日本は数々の過ちを犯すことになったからである。
 その第一は、アメリカが始めたベトナム戦争とイラク戦争への加担である。日米安保体制によって日本は実際に戦争に巻き込まれ、出撃基地として利用された。在日米軍基地は、日本を守るためにではなく、ベトナムやイラクに出撃するための基地として使用された。
 このような出撃基地が極東に存在したことは、アメリカにとってもマイナスになった。在日米軍基地がなければ、これらの間違った不正義の戦争を遂行できなかったかもしれないからである。ベトナム戦争やイラク戦争で失われた多くの若者の命が救われ、アメリカの巨額な国富も浪費されなかっただろう。安保体制さえなかったなら……。
 第二は、安保条約の審議で答弁されていた「極東の範囲」が真っ赤な嘘だったということである。新安保条約第六条(極東条項)は「極東における国際の平和及び安全の維持」を掲げ、その範囲は「大体においてフィリピン以北、日本及びその周辺地域」で、周辺地域には韓国及び台湾も含まれるとされてきた。
 しかし、ベトナム戦争では、在日米軍はその範囲を超えてインドシナ半島に出撃し、イラク戦争では、沖縄をはじめ、三沢、嘉手納、岩国、厚木などの基地から中東地域にまで在日米軍が派遣されている。「極東の範囲」などは全くの偽りであったということになる。あの時の論争と答弁は、いったい何だったのだろうか。
 第三は、安保条約改定の際に日米間で交わされた合意・密約の存在である。それには、@核兵器についての事前協議は「持ち込み」(イントロダクション)だけで立ち入りや飛来(エントリー)は対象外という「核持ち込み密約」、A朝鮮半島有事における出撃は事前協議の対象外とする「朝鮮半島有事密約」、B「地位協定」下での基地権は「行政協定」の下でも変わりなく続くという「米軍の基地特権密約」、C「いちじるしく重要」な事件以外には「第一次裁判権」を行使しないという「裁判権密約」、D日米共同作戦の場合「最高司令官はアメリカ軍人がなる」という「指揮権密約」などがあった。
 新安保条約で導入された事前協議制は全くの虚構であり、米軍の特権はそのまま維持され、裁判権や指揮権などの重要な権限は全てアメリカが握ることになっていた。これが安保闘争の時には隠されていた密約の内容である。あの国民的大運動によって申し立てられた異議は、このような屈辱的な密約にまで及ぶはずのものだったといえよう。
 第四は、昨今の改憲策動の震源地なっていることである。安倍首相は集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、アメリカと共に戦争できる国に日本を変えようとしている。それは、日米安保体制によって日本がアメリカと軍事的に深く結びつけられ、憲法体系とは異なる安保法体系が形成されたからである。
 もし、安保条約がなく日米軍事同盟体制が存在しなければ、これを強化しようなどという野望も、アメリカと一緒になって戦争しようなどという夢想も生まれなかっただろう。極東における平和のためにも、日本の安全のためにも、安保条約は大きな障害となっているのである。
 そして第五は、今もなお沖縄が対米従属の犠牲とされ続けていることである。沖縄には、日本の米軍基地の七四%が集中しており、ベトナム戦争やイラク戦争に際して出撃基地として利用された。いままた危険きわまりない垂直離着陸機「オスプレイ」の訓練場となっている。
 このような状況が続いている最大の要因も安保体制の存在である。安保があるから米軍基地を置かなければならず、その負担の多くは沖縄に押し付けられている。日本政府が市街地のど真ん中にある米軍普天間飛行場の撤去や国外移設を言い出せないのは、安保条約によって縛られているからであり、沖縄の基地負担を完全になくすためには安保条約を廃棄しなければならない。一九六〇年に掛け違えたボタンを掛け替えることは、半世紀以上経過した今日においても、なお現実的な課題なのである。



                     
12月23日(火) 「執行猶予付きの勝利」 [論攷]

〔以下のインタビュー記事は、『連合通信・隔日版』No.8914、2014年12月16日付に掲載されたものです。〕

 ――選挙結果をどうみますか?

 今回の総選挙の結果は、寝込みを襲うように解散した安倍政権の「作戦勝ち」といえる。「アベノミクスによる景気回復」というおいしそうなえさをぶら下げて票をかすめ取るやり方がうまくいった。「横綱相撲」といえるものではなく、けたぐりや張り手のたぐいで得た勝ちのようなものだ。
 投票率が戦後最低となったのも寝込みを襲われてぼう然とした有権者が多かったためで、景気回復や消費税増税先送りという、反対しにくい課題を前面に押し出したことも背景にある。一方で、集団的自衛権や原発再稼働、沖縄の新基地建設の問題など、国民の反対 の大きい重要政策課題については、徹底して争点隠しを行った。
 有権者にしてみれば、アベノミクスの経済効果に実感がわかなくても「そのうち、おこぼれが落ちてくるのではないか」という期待のようなものがある。「もう少し、ようすを見てみようか」という「猶予」を政権に与えたという意味で、「執行猶予付きの勝利」とみている。
 今後、景気が改善せず、消費不況や物価高で生活が厳しくなれば「猶予」はたちまち解除され、政権には「実刑判決」が下されることになる。安倍首相が「信任を得た」と勘違いして、きなくさい安保・外交政策を強行すれば、大きなしっぺ返しを食うことになるだろう。

 ――民主党は厳しい結果となりました。

 民主党政権で「裏切られた」という有権者の怒りがまだ収まっていない。政策的にも消費税増税を自民・公明とともに推進したという傷がある。原発再稼働を進めたのは野田政権だった。党内では「憲法改正」についても意見が割れている。
 「安倍政権にブレーキをかけたい」「暴走をやめさせたい」と思う有権者は、民主党には行かず、共産党に流れた。これが今回の選挙の特徴だろう。

 ――沖縄の結果については?

 沖縄では、小選挙区で共産党と社民党、生活の党が議席を獲得した。「小選挙区だから当選は無理」とあきらめず、「一点共闘」のような形で勝利した点は注目される。
 「原発再稼働反対」「TPP(環太平洋経済連携協定)からの脱退」「消費税増税反対」など、その地域において特に重要な争点になりうる課題でさまざまな政党が協力する「沖縄方式」は、今後他の小選挙区でも検討されてしかるべきだろう。(了)


12月28日(日) 総選挙で最も議席を増やしたのは共産党だった [論攷]

〔以下の論攷は、『東京革新懇ニュース』第398号、2015年1月5日号、に掲載されたものです。一部、原稿を訂正して送ったのですが間に合いませんでしたので、訂正版をアップさせていただきます。〕

安倍政権の「作戦勝ち」

 突然の解散・総選挙によって与党は絶対多数を維持し、「安倍一強体制」はさらに強まったかのように見えます。突然の解散で有権者が寝ぼけているうちに景気回復という美味しそうな餌を掲げて票をかっさらう。今回の総選挙は、このような安倍首相の「作戦勝ち」に終わったように見えますが、しかしそれだけでしょうか。
 景気回復に期待を寄せた人は自民党に、安倍首相につけあがって欲しくないと思った人は民主党や公明党に、きっぱりと「暴走」をストップさせてほしいと望んだ人は共産党に投票したように思われます。なかでも、暴走ストップを願う人は最も多く、比例代表で自民党の2倍以上も得票を増やして躍進したのは共産党でした。

 「亡国の政治」が加速

 自民党は291議席となって解散前より2議席減らしましたが、4議席増で35議席となった公明党と合わせれば与党全体で326議席となり衆院の3分の2を超えました。安倍首相はこれまで進んできた「この道」が信任されたと強弁するにちがいありません。「暴走」する「バス」に「給油」するような結果となり、安倍首相による「亡国の政治」が加速される危険性が高まっています。
 野党第1党の民主党は73議席になって11議席増やしましたが、当初予想されていたほどの議席回復にはなりませんでした。海江田代表は落選して議席を失い、辞任に追い込まれています。政権交代しても国民の期待を裏切り、政策の一致なき野合のような選挙協力に望みをかけ、自民党と対抗することも対案を提起することもできない民主党としては、当然の結果だったと言えます。
 前回の総選挙で躍進した「第三極」も振るいませんでした。維新の党は解散前から1議席減の41議席でしたが、前回総選挙での54議席獲得からすれば大きな後退です。みんなの党は分裂し、一部は結いの党を結成して日本維新の会と合流、残りは解散して渡辺喜美前代表は落選しました。維新の会から分かれた次世代の党は一挙に17議席も減らして2議席となり、同じく2議席にとどまった生活の党とともに存亡の危機を迎えています。

 気を吐いた共産党

 このようななかで、一人気を吐いたのは共産党です。解散前の8議席から2倍以上の21議席となって躍進し、議案提案権も獲得しました。今度の総選挙で最も議席を増やしたのは共産党で、比例代表の得票数も237万票増と自民党の104万票増を2倍以上、上回っています。
 消費税の10%への引き上げ中止を掲げて「安倍暴走政治」に真正面から対決しただけでなく、増税に頼らない別の道があるとして具体的な対案を掲げてきた実績が評価されたわけです。今後の「安倍一強体制」のもと、野党内での発言力が高まった共産党の役割はさらに大きなものとなるでしょう。
 しかも、沖縄の小選挙区での選挙協力に成功し、赤嶺候補の当選を実現させました。辺野古での新基地建設を許さないという「一点共闘」に基づく画期的な勝利です。今後、このような「沖縄方式」を広げていけば小選挙制の壁を突破できる展望を生み出した点でも、貴重な経験であったと言えるでしょう。

 「暴走」には厳しいしっぺ返し

 今回の総選挙で安倍首相はアベノミクスによる景気回復の一点に争点を絞り、集団的自衛権行使容認、原発再稼働、TPP参加、改憲など他の重要政策課題については徹底した争点隠しに終始しました。自民党への投票は「アベノミクスで景気が良くなるなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」による支持であったと思われます。
 この先、景気が回復せず、消費不況や物価高で生活が苦しくなれば、この「猶予」はたちまち解除され、安倍首相には「実刑判決」が下されるにちがいありません。それを「白紙委任された」などと勘違いして、集団的自衛権行使容認の法改定や川内原発の再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時には大きなしっぺ返しを食らうにちがいありません。すでに、自民党が全滅した沖縄の小選挙区では、そのような前例が生まれているのですから……。



                     

2014年総選挙の結果をどう見るか  (2014.12.15)



         五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
     〔「五十嵐仁の転成仁語」2014年12月15日、に掲載されたものです。〕
 昨日、注目された2014年衆院選の投開票が実施されました。その結果は以下のようになっています。これを、どう見たらよいのでしょうか。

    自民 民主 維新 公明 共産 次世代 生活 社民 改革 無所属 合計
    291  73  41  35  21  2  2  2   0   8  475
    -2  +11  -1  +4  +13 -17 -3  ±0  ±0  -7
公示前 293  62  42  31  8  19  5  2   0   17  479

 第1に、自民党は予想されていたような300議席突破はならず、当選前の293議席より2議席減らして291議席となりました。選挙中盤の予測によって「揺れ戻し」が生じたようで、選挙前よりも議席を減らしたわけですから勝利したわけではありません。
 同時に、単独での安定多数を維持していますから、依然として強権的で強引な国会運営を行う基盤を得たことになります。「信任を得た」と言い張ってスピードアップする危険性もあり、これまで暴走してきた安倍首相にガソリンを注入するような形になってしまったかもしれません。
 しかし、安倍首相は景気回復の一点に争点を絞って支持を求めており、今回の自民党への投票は「アベノミクスで景気が良くなるなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」による支持であったと思われます。それを勘違いして、集団的自衛権や原発再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時こそ大きなしっぺ返しを食らい、自民が全滅した沖縄の小選挙区のようなことになるでしょう。

 第2に、公明党は選挙前の31議席から4議席増やして35議席になりました。その結果、与党では2議席増の326議席で衆院議席の3分の2を超え、参院で否決された法案の再可決が可能な勢力を維持しています。
 与党としての勢力にほとんど変化はありませんが、その内部で公明党の比重が増えたことには意味があります。これまでの安倍首相の暴走に不安を感じた国民の一部が、「ブレーキ役」としての期待をかけたのでしょう。
 しかし、それは錆びついていて十分に作動するとは限らないということは集団的自衛権の閣議決定に至る過程で示されており、関連法の改定でどれだけ効くかは不明です。消費再増税に際しての「軽減税率導入」という約束とともに、今後の対応が試されることになるでしょう。

 第3に、民主党は選挙前の65議席から11議席増やして73議席になりましたが、予想されていたほどには議席回復がなりませんでした。党内には敗北感が漂い、小選挙区で当選できなかったばかりか比例で復活もできずに議席を失った海江田万里代表は辞意を表明しています。
 有権者の期待を裏切って失望を買った民主党政権の後遺症を癒すにも、野党の再編や選挙協力を進めるためにも、2年間は短かすぎたということでしょうか。この点では、安倍首相による「今のうち解散」という戦術にまんまとはまってしまったということができます。
 加えて、消費増税や原発再稼働、TPP参加などの政策には民主党も反対しているわけではなく、改憲についての党内の意見も割れており、安倍首相の暴走に対してブレーキなのかアクセルなのか不明だという曖昧さがあります。海江田代表のキャラクターもあって支持は盛り上がらず、維新の党から批判されるなど選挙協力は不発で、十分な結果を生むには至らなかったということでしょう。

 第4に、このようななかで、一人気を吐いたのが日本共産党です。共産党は公示前の議席を倍増させただけでなく、小選挙区の1議席を含めて13議席も増やして21議席となり議案提案権を獲得しました。
 今回の選挙で最も議席を増やしたのが共産党であったということからすれば、勝ったのは共産党で、今度の選挙は共産党のための選挙だったということができます。アベノミクスなど安倍首相が進もうとしている「この道」に対して、「もう少しやらせてみよう」と思った有権者は自民党に、「あまり行き過ぎては困る」という有権者は公明党や民主党に、「ブレーキをかけて止めてもらいたい」と考えた有権者は共産党に入れたということでしょう。
 これまでも政策的には「自共対決」と言うべき構造が存在していましたが、今回の選挙での有権者の投票行動においても、これからの国会での勢力分野としても、一段と「自共対決」の構図が鮮明になってきたということができます。しかも、与野党の力関係はあまり変わらなかった一方で、野党内では「自民党野党支部」のような次世代の党が19議席から17議席も減らして2議席となるなど様変わりしており、共産党が活躍できる余地は格段に高まったと言えるでしょう。

 与党で現状維持を達成したものの、自民党の議席を減らしてしまった安倍首相にとっては、「めでたさも中くらいなり」という心境かもしれません。それとも、野党内での応援団を減らして手ごわい強敵を増やしてしまったわけですから、「こんなはずじゃなかった」と思っているでしょうか。
 選挙前にあった「何のための解散なのか」という疑問は、「何のための解散だったのか」という不満となって自民党内に高まるかもしれません。今回の選挙で自民党は議席を減らす一方で、逆に議席を増やしたのは共産党(13議席増)と民主党(11議席増)、それに公明党(3議席増)だけだったのですから……。


約2000万の票が空中に浮遊している!  (2014.11.25)



         五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
     〔「五十嵐仁の転成仁語」2014年11月25日、に掲載されたものです。〕


 「選挙革命」に向けての4つの提案 [解散・総選挙]
 支持する先を失って空中に浮遊しているかのような票が約2000万も存在している。これが今回の総選挙の最大の特徴になっています。

 その票を、「最後の選択肢」となった共産党がいかにして引き寄せられるのか。そのための「秘策」はあるのか。これが、いま問われています。
 そのための「秘策」はありまぁ〜す。さしあたり、「選挙革命」によって事態を打開するための4つの提案をさせていただきました。
 それが昨日のブログで書いた「第1に敵を孤立させて攻撃を集中すること、第2に『共同』を広げて味方を増やすこと、第3にこれまでの成功体験に学び、支持の訴え方に工夫を凝らすこと、第4にインターネットやSNSなどのIT手段を最大限に活用すること」の4つです。以下、もう少し詳しく説明させていただきます。

 
 第1に、敵を孤立させて攻撃を集中するという点では、安倍首相をはじめとする極右勢力に批判や攻撃を集中し、自民党支持者や保守的無党派層のうちの良心的な保守層と安倍首相およびその「お友達」の極右勢力とを分断することが必要です。今回の選挙では、誰が極右勢力であるかを有権者に明示して、ここに打撃を集中しなければなりません。
 政党で言えば次世代の党が極右勢力であり、候補者で言えば、日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会、みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会などの参加者が極右ですから、その落選を目指すことです。もちろん、在特会やネオナチ団体との関係が問題となっていた高市早苗、山谷えり子の両大臣や稲田朋美自民党政調会長などは、この機会に落選させて政界から追放する必要があります。
 このような形で批判を集中することによって、現在の自民党が過去の自民党とは違っていること、自由や民主主義、人権という「価値観を共有」できない、国際的にも異常なグループに指導されている危険な政党に変質してしまっていることを明らかにしなければなりません。それによって極右的な政党や候補者を苦戦させることができれば、たとえこれらの候補者が当選したとしても、これまでのような形で堂々と極右的な主張を行ったり、そのような団体と付き合ったりすることはできなくなるでしょう。

 第2に「共同」を広げて味方を増やすという点では、沖縄の経験に学ぶ必要があります。沖縄では、県知事選で良心的な保守層と共産党などの革新勢力とが新基地建設阻止の一点で共同し、「オール沖縄」ともいえるような幅広い共闘によって勝利しただけでなく、それを総選挙でも継続することに成功しました。
 その結果、辺野古基地建設反対という一点での選挙協力が実現し、1区は赤嶺政賢(共産)、2区は照屋寛徳(社民)、3区は玉城デニー(生活)、4区は仲里利信(無所属、元自民党沖縄県連顧問で元県議会議長)という候補者が決まりました。このような形での良心的保守層と革新勢力との共同の経験は、端緒的であるとはいえ、9条の会の運動やTPP阻止、反原発、消費増税反対などの運動でも生まれてきています。
 このような経験を最大限生かした取り組みを、可能な限り追求する必要があるでしょう。新基地建設反対の一点で共同した沖縄のように、北海道ではTPP阻止、東北各県では震災復興、福島では原発ゼロ、鹿児島では川内原発再稼働反対など、その地域でとりわけ切実となっている課題での一点共闘の実現に努めてもらいたいものです。

 第3に、これまでの成功体験に学び、支持の訴え方に工夫を凝らすという点では、従来の枠にとらわれない幅広い階層、団体への働きかけや候補者の訴え方についての改善が重要です。これまでと同じやり方をしていたのでは同じ結果しか生まれませんから、それを大胆に転換し、新しいやり方を試みてもらいたいと思います。
 農協や商工団体、町内会など従来は保守層の支持基盤とされていた団体への働きかけを強めること、各種の市民団体やNPOなどへの働きかけ、全労連系だけでなく連合系や全労協系、純中立の労働組合などへの支持要請なども試みる必要があるでしょう。候補者の訴え方という点では、形式的で平板なものにならないように留意し、有権者の心に響くよう、自らの思いを自分の言葉で情熱を込めて語ることが大切です。
 政策についても有権者の関心や要求に対応した訴え方を工夫し、たとえば、それぞれの地方や比例代表区のブロック別に政策的な重点を変えた打ち出し方をする、あるいは青年や女性、高齢者などの階層別での政策化を図るなどというやり方が考えられます。選挙は政策で訴えるものであり、共産党の政策には優位性がありますが、その中身だけでなく、それをどう分かりやすく端的に伝えることができるのか、訴え方にも創意と工夫が必要だということです。
 

 第4に、インターネットやSNSなどのIT手段を最大限に活用するという点では、参院選での成功体験があります。これに続く今回の総選挙はインターネット選挙が解禁された最初の衆院選ということでもありますから、これを大いに活用することが重要です。
 大きな飛躍を遂げるには、支持を回りに広げるだけでは足りません。今の政治に疑問と不満を持ち、何らかの危惧を感じて政治を変えたいと思っている広範な無党派層の中に、自然発生的に共感と支持が盛り上がって「勝手連」的な運動が始まるような状況を作り出すことが肝心です。
 もちろん、IT手段に疎遠な人や高齢者などに対しては、依然として紙媒体での宣伝手段は有効です。同時に、インターネットやSNSなどのIT手段は、ビラや演説よりも大量の情報や政策を直接伝えることができる、これまで政治にかかわりを持たなかったような幅広い層にも働きかけることができる、若者に訴える最適の手段になっている、誰にでもできるなどの大きなメリットがあります。

 かつてグラムシは、階級闘争のあり方について「機動戦から陣地戦へ」という提起を行いました。これを引き継いで、加藤哲郎早大教授は「陣地戦から情報戦へ」と提唱しています。
 このような形で階級闘争のあり方が変わってきているとすれば、これに対応した「選挙革命」の新たな展開が具体化される必要があるでしょう。この間の脱原発、消費増税反対、TPP阻止、特定秘密保護法や集団的自衛権行使容認反対、派遣法改定阻止などを掲げた各種のデモや集会が機動戦であったとすれば、選挙での票読みは陣地戦であり、これを援護するのが情報戦だということになります。
 機動戦、陣地戦、情報戦の総合的な展開によって新たな「選挙革命」を引き起こすことが、今回の総選挙での獲得目標にほかなりません。それに成功すれば、安倍「亡国政治」をストップさせるだけでなく、「日本革命の展望」に向けての新たな地平と可能性を切り開くことができるでしょう。
                    



「暴走解散」を逆手にとり、安倍首相に引導を渡そう  (2014.11.29)




         五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
    〔下記の論攷は、『「見附九条の会」ニュース』No.58、2014年11月24日付、に掲載されたものです。〕




 安倍首相は衆院の解散・総選挙を決断しました。大義なき「暴走解散」であり、解散権の乱用です。与党の議席は衆院の3分の2以上もあって任期は半分も残っています。それなのに解散するのは、「一強多弱」の巨大与党にとってはギャンブルであり、国民はもとより与党の議員にとっても納得のいかない「暴走」だと言えるでしょう。
 安倍首相がこのような賭けに出たのは、集団的自衛権の行使容認や沖縄米軍基地の辺野古移設に対する反対運動の矛先をかわし、「政治とカネ」の問題での疑惑を逃れ、失敗が明らかになってきたアベノミクスの責任を曖昧にしたいからです。そのために、支持率が急落しない今のうちに解散して長期政権の足場を固めたいと考えたにちがいありません。
 このような形で解散せざるを得なくなったのは、消費増税による「増税不況」やアベノミクスの失敗のためだけではありません。秘密保護法や集団的自衛権に反対する運動、脱原発を求め原発の再稼働に反対する運動、反TPP(環太平洋経済連携協定)運動などによって追い込まれたからでもあります。
 その意味では、むしろ私たちの運動によって勝ち取った解散・総選挙なのです。与党を敗北に追い込んで安倍首相に引導を渡す絶好のチャンスになります。憲法9条を守ることを大きな争点とする初めての国政選挙でもあり、「憲法を守れ」という運動と9条の会にとってはその真価が問われる選挙にもなるでしょう。
 このチャンスを生かして、安倍首相の狙う憲法9条の変質や改憲に対してきっぱりとした「ノー」を突きつけようではありませんか。アベノミクスによる格差の拡大や物価高をやめさせたいという人、消費税の再増税は困るという人、原発の再稼動には反対だという人は、自らの願いを一票に託しこぞって投票所に足を運びましょう。
 今こそ、主権者としての力を安倍首相に思い知らせようではありませんか。「亡国の政治」を拒み、平和で豊かな、民主的で自由な社会を守るために……。(『「見附九条の会」ニュース』No.58、2014年11月24日付)



                     

「潮目」の変化を生み出した第二次安倍改造内閣  (2014.11.27〜28)

   ――反転攻勢の第三段階が始まった



         五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
     〔以下の論攷は、『学習の友』No.736、2014年12月号、に掲載されたものです。〕
 「潮目」が変わったのではないか。小渕優子経済産業相と松島みどり法相のダブル辞任を見て、誰もがそう思ったことでしょう。「一強多弱」と言われて、野党も自民党内の非主流派も文句を言えなかった状況に、大きな変化が生じたからです。
 しかも、閣僚の「政治とカネ」をめぐる問題や疑惑はその後も取りざたされています。ダブル辞任で「幕引き」を図った安倍首相の思惑通りにはなりませんでした。安倍政権への支持率も下がり始め、野党にとっては反転攻勢の新しい段階が始まったようです。

   本当はやりたくなかった内閣改造

 安倍首相は、本当は内閣を改造したくなかったにちがいありません。第2次政権が発足して以来、誰も辞任などで交代することがなかったのですから。新内閣が発足してアッという間にダブル辞任となってしまった今、なおさらそう思っていることでしょう。
 しかし、これまでであれば1年ほどで大臣が交代してきたのに、第2次政権が発足してから1年9か月近くも経過しました。また、衆院で当選5回、参院で当選3回という経歴を持つ「入閣適齢期」の議員は約60人にも上ります。「そろそろ内閣を改造してもらいたい」という自民党内の声を抑えることが難しくなったわけです。
 こうして、安倍首相は内閣改造に踏み切りましたが、基本的な骨格は維持しようとしたようです。菅官房長官、麻生副首相兼財務大臣、岸田外相、甘利経済財政相、下村文部科学相と公明党から出ている太田国土交通相の6人を留任させましたから……。
 そのほかの閣僚は交代しました。その際、「どうせ代えるなら」ということで、「安倍カラー」を強め、イメージアップを図り、党内基盤を安定させ、総裁選に向けての布石を打つための機会として、この改造を利用しようとしました。それが新内閣の顔ぶれです(付表1―略)。
 
   改造内閣を蝕む右傾化と金権化

 自民党には生まれついての「持病」があります。それは右傾化と金権化です。第2次安倍改造内閣も、この「持病」に深く取りつかれてしまいました。
 右傾化という点では、超タカ派極右改憲内閣としての危険性が一段と強まっています。超タカ派で極右改憲勢力の「日本会議国会議員懇談会」(日本会議議連)に所属する大臣は改造前の13人から15人に2人増えたからです。
 首相を含む19人の閣僚のうち、日本会議議連に加わっていないのはたったの4人だけでした。うち1人は公明党の太田国交相ですから、自民党所属議員で属していないのは、小渕経産相、松島法相、西川農水相の3人だけという凄まじさです。
 もう一つの金権化ですが、これは「政治とカネ」の問題として急浮上しました。小渕経産相も松島法相も、ともに政治資金の使い方に問題があったとしての辞任です。私的流用や利益供与の疑いありというわけですが、名前入りのワインや「うちわ」の配布などが政治活動だと言えるはずがありません。
 小渕さんの後任となった宮沢さんにも「SMバー」への支払いや経産省が所管する東電株の所有など「利益相反」の問題が指摘されています。その他にも、塩崎厚労相、西川農水相、望月環境相、江渡防衛相、宮沢経産相、有村女性活躍担当相などの名前が挙がり(付表2―略)、一部では安倍首相や麻生副総理による政治資金のデタラメな支出ぶりも報じられています。

   「目玉」とされた女性閣僚のお粗末ぶり

 今回の内閣改造の「目玉」は「女性の活用」でしたが、実際には人気取りのための「女性の利用」にすぎませんでした。過去最多と並ぶ5人の女性閣僚が誕生したものの、2人はすでに内閣を去っています。しかし、残った3人の方がもっと問題です。揃いも揃って靖国神社に参拝したのですから……。
 山谷えり子国家公安委員長は取り締まるべきヘイトスピーチを繰り返してきた在特会の幹部とツーショットの写真を撮り、関係者から献金まで受けていました。高市早苗総務相は日本版のネオナチ団体の幹部と写真を撮っていただけでなく、ヒトラーの選挙戦術を礼賛する本に推薦文を寄せています。
 有村治子女性活躍担当相は男女共同参画や夫婦別姓に反対し、伝統的な子育てを推奨する「親学」の推進者でした。また、松島法相の後任となった上川陽子法相にも、2009年の衆院選に際して事務所のスタッフが選挙違反で逮捕されていた事実が表面化しています。
 このような人たちを大臣に起用した安倍首相の任命責任は重大です。女性を利用してイメージアップを図ろうとした誤りが、このような形で表面化したと言って良いでしょう。女性を道具や手段として考えるような人に、女性の活躍推進や地位向上を実現できるわけがありません。

   女性の活躍推進と地方創生のまやかし

 改造内閣の政策的な新機軸として打ち出されたのが、女性の活躍推進と地方創生です。その目的は来春の統一地方選挙に向けて自民党の得票率の底上げを図ることにあります。また、年末に迫った消費税の再増税に向けて、少しでも国民受けする政策を打ち出そうとする目論見だったかもしれません。
 まやかしの「付け焼刃」だとはいえ、これらの課題を掲げざるを得なくなったのは女性や地方をめぐる矛盾が拡大し無視できなくなったためです。その解決をめざすこと自体は悪いことではなく、少しでも効果が上がることを望みたいと思います。
 しかし、そのために打ち出されている政策は対処療法的なもので、根本的な解決には結びつきません。土台を掘り崩しながらヒビの入った壁や屋根の修繕をしようとしているようなものです。まず、傾いた土台をきちんと立て直すことから始めるべきでしょう。
 そのためには、農家や中小業者の営業を阻害する環太平洋経済連携協定(TPP)への参加を取りやめること、業者や低所得者の家計を苦しめる消費税の再増税を中止すること、非正規化を進めて労働の劣化を強める労働者派遣法の改定など規制緩和を断念することが必要です。一方で貧困と格差を拡大する施策を推し進めながら、他方で女性の活躍推進や地方の創生などと言っても「絵にかいた餅」にすぎず、選挙目当ての一時的なバラマキになるだけですから……。

   第2次安倍政権の第3段階が始まった

 2012年12月に発足した第2次安倍政権は、「アベノミクス」を掲げてデフレ不況からの脱却を目指しました。超タカ派極右路線は手控えられ、「安倍カラー」はそれほど強いものではありませんでした。これが「猫かぶり」の第1段階です。
 2013年7月にこれは終わり、「右への暴走」という第2段階が始まりました。参院選で自民党が勝利し、衆参両院の多数が異なる「ねじれ状態」が解消されたからです。「一強多弱」状況の下での安倍首相の暴走によって消費税は8%に上がり、特定秘密保護法が成立し、集団的自衛権行使容認の閣議決定が強行されました。
 このようななかで内閣改造が行われ、閣僚のダブル辞任によって安倍政権は大きな危機に直面しました。船出した途端に大嵐に見舞われ、遭難寸前になっているようなものです。こうして「潮目」が変わり、「反転攻勢」の第3段階が始まりました。
 これから次々と難題が押し寄せてくることになります。「アベノミクス」は破たん寸前で、TPP交渉は妥結できず、消費税の10%への再増税、川内原発の再稼働などが狙われています。沖縄・辺野古での新基地建設を争点にした沖縄県知事選もあり、集団的自衛権の行使容認を具体化する法制度の改変はこれからです。
 しかも、これらの重要課題のどれを取ってみても、世論調査では反対の方が多くなっています。今後、それらを強行しようとすれば、世論との激突は避けられません。暴走を続ける安倍政権の打倒によって第3段階を早期に終了させることが、これからの私たちの獲得目標だということになるでしょう。(2014年10月29日脱稿)




翁長勝利によって沖縄での新基地建設阻止・普天間基地撤去の実現を  (2014.11.14)   新着情報

   
      五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
     〔以下の論攷は、『日本科学者会議東京支部つうしん』No.565、2014年11月10日付に掲載されたものです。〕



 注目の沖縄県知事選挙が近づいてきた。沖縄と日本の命運がかかった選挙である。その最大の争点は、米軍普天間基地の代替とされる新基地を名護市辺野古に建設させるか、在日米軍基地の74%が集中している沖縄の現状を打開する展望を切り開けるか、軍事力依存の「積極的平和主義」や集団的自衛権の行使容認にノーを突きつけられるかという点にある。翁長雄志前那覇市長の当選によって、これらの争点に明確な審判を下さなければならない。
 1995年の米海兵隊員による少女暴行事件がきっかけとなって米軍基地反対運動や普天間基地返還要求運動が高まった。しかし、このときの日米首脳会談で橋本首相は「普天間返還」を求めず、先にそれを言い出したのはクリントン米大統領の方だった(春名幹男『秘密のファイル(下)』314頁)。その後の非公式協議でも、「彼らはわれわれ(=米軍)を沖縄から追い出したがらなかった」(モンデール元駐日大使)という。
 他方、基地の前方展開を最小にして機動力を生かすという海外駐留米軍のトランスフォーメーションによって、03年から米国政府は海外基地の整理縮小を進めてきた。米軍普天間基地の移設計画もその一環であった。それは必ずしも県内移設を前提とするものではなく、「中国の弾道ミサイルの発達で沖縄の米軍基地は脆弱になった」(米ハーバード大のジョセフ・ナイ教授)という指摘もある。軍事的な合理性から言えば、グアムやハワイなど、もっと遠くに移設した方が望ましいというわけだ。
 つまり、沖縄米軍基地の現状維持を望んでいるのは米政府ではなく日本政府の方だということになる。日本政府が米軍普天間基地の辺野古への代替基地新設を提案したのは、それが「抑止力」となって沖縄と日本の安全を高めるという幻想にとらわれているためである。同時に、「たとえば尖閣列島でなにかいざこざがあったときに、ほんとうに米軍が出てくるか」(新基地建設で合意した時の額賀元防衛庁長官)という懸念を払しょくするために、米軍基地を「人質」に取るという思惑もあるだろう。
 しかし、「抑止力」は思い込みにすぎない。沖縄の米軍基地の強化は中国の軍拡を抑制するのではなく、その誘因となってきた。軍事力によって相手を押さえつけようとすれば、それに対抗しようとする。相互の軍拡競争が生じ、緊張が高まり、偶発的衝突の可能性が生まれ、かえって安全は低下してしまう。これが、安全保障のパラドクスである。
 辺野古での新基地の建設は、沖縄の美しい海と豊かな環境を破壊し、周辺諸国との緊張を激化させ、地域とコミュニティを分断し、経済と産業の発展を阻害することになるだろう。このような愚行は直ちにやめなければならない。その絶好の機会が今回の沖縄県知事選挙なのである。そのチャンスを十分に生かすためにも、翁長新知事の誕生を望みたい。
「五十嵐仁の転成仁語」より
11月17日(月) 沖縄県での翁長新県知事と城間新那覇市長の誕生を祝す [選挙]

 注目の沖縄県知事選挙で、翁長雄志候補が現職の仲井真弘多候補に約10万票という大差をつけて当選しました。また、那覇市長選挙でも、翁長候補と連動した選挙運動を展開していた城間幹子候補が当選しています。
 こうして、沖縄県では翁長新県知事と城間新那覇市長が誕生することになりました。翁長さんが法政大学法学部の卒業生だという縁から「翁長雄志さんを励ます法政の会」の呼びかけ人になって応援した私としても、この勝利を大いに喜び、新県知事と新市長の誕生を祝福したいと思います。

 今回の知事選での最大の争点は、在日アメリカ軍普天間飛行場の名護市辺野古地区への移設の是非です。移設容認派の仲井真候補に対して、共産・生活・社民の支援を受けた翁長候補と無所属の喜納候補は移設に反対し、維新の支援を受ける下地候補は計画の是非について県民投票の実施を訴えました。
 これについて、私は11月14日付でアップした論攷「翁長勝利によって沖縄での新基地建設阻止・普天間基地撤去の実現を」(『日本科学者会議東京支部つうしん』No.565、2014年11月10日付に掲載)で、「沖縄と日本の命運がかかった選挙である。その最大の争点は、米軍普天間基地の代替とされる新基地を名護市辺野古に建設させるか、在日米軍基地の74%が集中している沖縄の現状を打開する展望を切り開けるか、軍事力依存の『積極的平和主義』や集団的自衛権の行使容認にノーを突きつけられるかという点にある。翁長雄志前那覇市長の当選によって、これらの争点に明確な審判を下さなければならない」と書きました。この「最大の争点」について、沖縄県民は完ぺきな「ノー」を突きつけたわけです。
 今回の結果を受けて、基地移設計画は大きな影響を受けると見られていると報じられていますが、その程度で済まされてはならず、移設計画は白紙撤回されるべきです。はっきりと反対だとの県民の意思が示されたわけですし、そのような民意をくみ上げた政治運営こそが民主主義の名に値するのですから……。

 第1に、「米軍普天間基地の代替とされる新基地を名護市辺野古に建設させるか」という問いに対して、「建設させない」という明確な回答が示されました。これは県民の思いを裏切った仲井真県政に対する弾劾でもあります。
 政府はこの県民の審判を尊重し、きちんと米国政府に対して県民の願いを伝え、新基地建設を中止して米軍普天間基地の撤去を要求すべきです。県民の多くが新基地の建設を望んでいないということは世界中に知られる結果となりました。
 それを無視した政治運営を行えば、日本は民主主義の国ではないということを証明することになってしまいます。民意を尊重してこそ、自由と民主主義、人権という価値観を共有する国として存在することができるはずです。

 第2に、「在日米軍基地の74%が集中している沖縄の現状を打開する展望を切り開けるか」という問いに対して、「切り開ける」という回答が示されてことになります。これは日本政府による沖縄差別に対する批判でもあると言って良いでしょう。
 今回の結果は、普天間飛行場の辺野古移設への県民の反発の強さを裏付けるだけでなく、振興策とセットで米軍基地の維持を図ってきた政府の「アメとムチ」に対する沖縄の決別宣言とも言えます。沖縄は「札束で頬をひっぱたいて基地を受け入れさせる」というやり方を拒み、政府との協調を前提にした振興ではない新たな道を選択したことになります。
 先に紹介した拙稿でも、「辺野古での新基地の建設は、沖縄の美しい海と豊かな環境を破壊し、周辺諸国との緊張を激化させ、地域とコミュニティを分断し、経済と産業の発展を阻害することになるだろう。このような愚行は直ちにやめなければならない」と書きました。政府は、これまでの沖縄に対する差別的な対応を改め、基地のない沖縄の将来構想を県とともに本格的に検討すべきです。

 第3に、「軍事力依存の『積極的平和主義』や集団的自衛権の行使容認にノーを突きつけられるか」という問いに対しても、今回の結果は「ノーを突きつける」という回答を出しました。これは安倍首相による「亡国の政治」に対する明確な拒否回答でもあります。
 「抑止力論」の幻想を打ち破り、沖縄米軍基地の全面的な撤去につながる第1歩としなければなりません。沖縄の米軍基地はアメリカよりも日本政府によって必要とされていたのですから……。
 軍事力によらずに平和を実現するという日本国憲法の理念を尊重し、偽りの「積極的平和主義」を改め、集団的自衛権の行使や秘密保護法の施行など好戦的で軍国主義的な政策を断念すべきです。そのようにしてはじめて、極東の平和と安全を確保する本当の安全保障構想を生み出すことができるにちがいありません。

 今回の結果について、翁長さんは「県民のために党利党略を乗り越えて心を一つにできたのが大きかった」と評価し、県民の支持が得られた理由について「やはり沖縄のアイデンティティーだと思う。オール沖縄という新しい展開の希望、県民の思いの先頭に立ちたい」と述べています。「党利党略を乗り越えて」「オール沖縄」を実現できたことが勝利の要因であったというわけです。
 その中核をなしたのは、良識的な保守と共産党の「一点共闘」であったと思います。「オール沖縄」の思いを実現するために新基地建設反対という「一点」での共闘を尊重し、「党利党略」を乗り越えて選挙戦での勝利のために全力を尽くした共産党の対応と奮闘は大きな意味を持ちました。
 これに対して、仲井間陣営の出した法定1号ビラは政策を全く示さず、「共産主導の県政にするな。流れをとめるな!革新不況にするな。」と書いてあるだけでした。今回の結果は、このような反共宣伝が全く効果がなかったことを示した点でも教訓的です。 

 このような沖縄の教訓に学びながら、様々な領域で発展してきた「一点共闘」の威力を発揮させることが必要です。そのようにして、沖縄県民は沖縄の未来を切り開いたのですから……。
 この沖縄県民に続いて、日本国民全体が自らの選択によって未来を切り開く機会が間もなく訪れようとしています。この総選挙によって安倍内閣に痛打を与え、新基地建設阻止・普天間基地撤去をはじめ、集団的自衛権行使容認反対、秘密保護法の施行中止、消費税再増税中止、雇用・社会保障の破壊阻止、原発再稼働阻止などの国民的な課題を実現することが、次なる私たちの課題だということになるでしょう。
 


不安3倍増の安倍政権は即刻退陣を  (2014.11.13)   新着情報


       五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
       〔以下のインタビュー記事は、『女性のひろば』12月号に掲載されたものです。〕


 法政大学を退職後、各地に講演で呼ばれることが増えました。「安倍さんになって『不安倍増です』」と発言した方がいらっしゃいます。「安倍」の前に「不」を、後ろに「増」を付けるとそうなる。うまいですね。
 実際には「不安倍増」どころではありません。集団的自衛権の行使容認で平和が脅かされ、消費税増税と物価高で生活が苦しくなり、「生涯ハケン」や「残業ゼロ」を可能にする規制緩和で雇用不安が進む――安倍首相のもとで、平和、生活、労働の不安が「3倍増」になろうとしています。

 逃げとごまかし

 
 9月末から臨時国会が始まりました。しかし、集団的自衛権行使容認、消費税増税、原発再稼働、沖縄新基地建設など、多くの人々が不安を感じている問題について真正面から国民に理解を求めることなく、政府・与党には逃げとごまかしの姿勢が目立っています。
 10月9日には、日米軍事協力についての指針(ガイドライン)再改定に向けた中間報告が出ました。「周辺事態」を削除して「いつでも、どこでも米軍支援」が打ち出され、自衛隊が米軍の補助部隊となって地球的規模で戦争する危険性が明確になりました。これほど重大な内容を含んでいるにもかかわらず、安倍首相は国会できちんと説明しない。日米両政府間の交渉を先行させているのです。

 
 「目玉」は地方と女性だが

 
 今国会の「目玉」は地方創生と女性の活躍推進ですが、これまで自民党が推進してきた政策との矛盾がきわめて大きく、具体的に何をしようとしているのかがあいまいです。TPPに加わったり消費税が再増税されたりすれば、地方の農家や中小業者は大打撃を受けます。労働の規制緩和によって収入が低く不安定な雇用がさらに拡大すれば、非正規雇用の多い女性の困難は増大します。
 地方の衰退や女性の社会進出の遅れをもたらしたのは自民党の悪政でした。それが拡大し深刻化してきたために無視できなくなったわけですが、まるで家の土台を掘り崩しながら屋根を修繕しているようなものです。統一地方選向けの「付け焼刃」にすぎません。

 野党は何をしている?

 では、肝心の野党はどうか。民主党は原発を再稼働させた過去があり、3党合意で消費税増税を決めたのも民主党です。自民党を追及して悪政を真正面からストップできない。維新は与党だか野党だかわからない。次世代の党は自民党以上に右翼的でお話しにならない。みんなの党は分裂騒動で国会どころではない。こんな惨憺たる状況で、唯一まともなのは共産党だけです。
 野党は世論をきちんと受け止めて、政策転換を求めていかなければなりません。集団的自衛権の行使容認、消費税の再増税、原発の再稼働、沖縄県辺野古での新基地建設など、どれをとっても反対の方が多いのですから。国民がこれほど反対しているのに強行しようとしている安倍政治は、まさしく「亡国の政治」そのものです。一つや二つ悪いところがあるというのではない。外交・安全保障、生活と労働、社会保障に教育――あらゆる分野で災いをもたらす政権ですから、とっとと辞めさせないと日本は大変なことになってしまいます。

 戦後史の大転換

 いま、戦後の日本が歩んできた道が大きく変えられようとしています。「海外で戦争する国」へと踏み出す大きな転換点に立っている。まともな政治家なら危機感を持つのは当然です。政権政党として育ててきた自民党が極右勢力に乗っ取られてしまったようなものですから。『しんぶん赤旗』に自民党幹部のOBが登場して話題になりましたが、彼らは氷山の一角です。日本は大丈夫なのか、これで中国や韓国などときちんとつきあっていけるのかと心配している政治家や官僚は多い。
 かつて政権側にいた内閣法制局の元長官たちや柳沢協二さんや孫崎享さんなどの元防衛官僚なども声を上げています。これからガイドライン再改定や集団的自衛権関連法案の内容が明らかになれば、危機感はもっと高まるでしょう。

 共産党の役割は大きい

 世論は働きかければどんどん変化しています。若い人たちも加わって、デモや集会、署名などが取り組まれるようになりました。そこに希望があります。安倍さんを支持する勢力は国会内では大きくても、国会の外では少数派です。選挙で選ばれたといっても、自民党に投票した有権者の割合(絶対得票率)は最大でも4分の1にすぎません。安倍内閣の政治的基盤は強いものではないのです。
 1人ひとりに訴えかけて考えを変え、それが大きな世論となって政治を動かす。これが民主主義というものです。このような政治を取り返すことができなければ、日本は民主主義国家とはみなされず、国際的に孤立するだけでしょう。
 日本共産党は昨年の都議選、参院選で政権批判の「受け皿」となって躍進しました。地方選でも日本共産党の役割は重要です。共産党が候補を出さなければ選挙が成り立たたない場合が多いからです。対立候補や政策的な対立軸をたてる、国会で論戦をリードする、政府・与党が隠したがっている問題に光をあてる、そして「亡国の政治」を阻止する――このような形で、共産党には今後も大きな役割を果たしていってほしいですね。




「覇権大国」をめざす安倍首相の野望を打ち砕こう  (2014.11.06)   新着情報

 *下記の件、ありがとうございます。  
  ただし、総選挙になりましたので、11.29国民大集会は中止です。 五十嵐 仁
  (2014.11.20)

       五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)

「打倒! 安倍政権」をめざして「11・29国民大集会・大行動」を呼びかける 

 しばらくのご無沙汰でした。11月2日から昨日まで、鹿児島・宮崎・熊本への旅に出ていました。
 11月3日に鹿児島9条の会での講演があったからです。鹿児島まで出かけるついでに、その周辺をめぐってきました。

 ところで、11月29日(土)に「守れ!国民のくらし、いのち、平和」というスローガンで大規模な集会と国会周辺での行動が企画され、私も呼びかけ人の一人になっています。ぜひ、11月29日には日比谷野外音楽堂と国会周辺においでください。
 詳細は、11・29大集会・大行動のフェイスブック
 https://www.facebook.com/1129action
 がありますので、そちらをご覧いただければ幸いです。
 このフェイスブックに掲載するために、下記のような一文を書きました。ここにアップさせていただきます。

「覇権大国」をめざす安倍首相の野望を打ち砕こう

 集団的自衛権の行使容認が必要であることを示す事例として、いくつかの想定が示されました。しかし、いずれも嘘とデタラメばかりです。
 安倍首相は半島有事の際に避難する邦人親子を運ぶ米艦船を防護しなくて良いのかと問いかけました。しかし、隣に防護する自衛艦がいるのであれば、自衛艦がその親子を輸送すれば良いではありませんか。自国民なのですから……。
 アメリカに向けて発射されたミサイルをただ見ているだけで良いのかと言っていましたが、米本土に向かうミサイルは日本上空を通りません。それをどうやって撃ち落とすのでしょうか。安倍首相は地球が丸いことを知らないようです。
 公海での米韓防護の必要性も挙げられていましたが、海自のイージス艦はたった6隻しかありません。それで84隻もある米海軍のイージス艦をどのようにして守るのでしょうか。
 ホルムズ海峡の機雷掃海も意図しているようですが、そこはイランとオマーンの領海が重なる地域です。他国の領海に立ち入らずに、どのようにして掃海するのでしょうか。
 このような荒唐無稽な想定や説明に騙されてはなりません。集団的自衛権の行使容認などは必要ないのですから……。
 「再び、軍事大国となって覇権を行使したい」という安倍首相の我儘な野望を打ち砕かなければなりません。戦後69年間守ってきた「殺さず、殺されず」という平和国家としてのあり方を後世に引き継ぐことが、今を生きる私たちの務めなのですから……。

     (2014.10.08〜10.13)     
                    五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
                                        
            〔以下の論攷は、『憲法運動』2014年9月号、通巻434号に掲載されたものです。〕




 ご紹介いただきました五十嵐でございます。この3月に法政大学を退職しましたが、講演などで忙しい毎日です。平日にレジメを作って週末に講演をするという。これもみんな安倍さんのおかげです。
 その安倍さんは大暴走をしています。この人は右にしかハンドルが切れない。そんな人がスピードアップして暴走を続ける。危険ドラッグを吸いながら運転しているのではないかとの危惧を持たざる得ないほどの暴走ぶりです。
 大企業優先、対米従属、民主主義破壊という、三拍子そろった戦後最低・最悪の首相です。 最低・最悪の首相による憲法破壊、集団的自衛権行使容認という、平和国家としてのあり方の大転換がすでに始まっているわけですが、それをどう阻むのか。我々には何ができるのかを、今日はみなさんと一緒に考えてみたいと思っています。

 T 集団的自衛行使容認による憲法9条の空洞化

   (1) 安倍首相はなぜ行使容認をめざすのか

 すでに、集団的自衛権行使容認については、学習したり、話をされていると思います。一言で言ってどういうことか。これは日本を海外で「戦争する国」にする、これまでより戦争しやすい国に変えてゆくということです。
 これまでであれば、日本が攻撃されなければ反撃できなかった。集団的自衛権を行使できれば日本と「密接な関連にある他国」が攻撃されれば、日本が攻撃されていなくても反撃することができる。今までよりも戦争に加わっていく、あるいは戦争に引きずり込まれていく危険性が増大することになります。戦争についての敷居が低くなることは明らかであり、国民が不安に思うのは当然のことです。
 なぜそれを目指すのか。日米同盟を米英同盟のような強固な攻守同盟に変えたいということだろうと思います。そして、戦前のような列強の一員として、大国としての威信を回復 し、やがては国連のあり方を変えて、当面は安保理の非常任理事国、ゆくゆくは常任理事国になるという野望を抱いているのではないだろうかと思います。
 よく安倍首相は、お祖父さんである岸信介のDNAを受け継いでいるといわれています。話としては面白いかもしれませんが、実際にはかなり現実的な目標を胸に抱いており、そのためにアメリカと対等な形で同盟を強化することをめざしています。「軍事同盟は血の同盟である」と言っているわけですから、日本も血を流すという日米関係、日米同盟を双務的なものに変えていく。そうすることで、日本の国際的な地位を高めたいと考えているのではないでしょうか。
 とりわけ、安倍さんの個人的体験でいえば、湾岸戦争やイラク戦争のトラウマ、悔しい思いがかなり深く影響しているように思います。湾岸戦争の時、戦争が終わって、戦後クウェートが出した感謝の新聞記事の中には日本の名前がなかった。イラク戦争の時には、アーミテージ米国務副長官に、「お金だけではなく実際の部隊を送れ」、「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」とねじ込まれた。これに抗しきれずに、イラクのサマーワに陸上自衛隊を派遣する。バグダット空港に航空自衛隊を派遣する。この航空自衛隊の派遣については憲法違反であるという判決がその後、名古屋高裁で出されましたが、このようなことを繰り返したくないというのが、第一次安倍内閣以来の安倍首相の思いではなかったかということです。
 また、国際的な外交・安全保障面においても、「戦後レジームからの脱却」を図るという、戦後の国際秩序をひっくり返すという狙いが、ここには込められています。しかし、これについてはアメリカが心配している点でもあります。集団的自衛権行使容認は以前からアメリカが日本政府に促してきたわけですから、これを実現することについては歓迎する。けれども、それを戦後国際秩序の「ちゃぶ台返し」をひそかに狙っているような、あるいはその危険性があるような安倍首相にやらせてよいのかという心配がある。この点がアメリカ の懸念材料の一つといっていいのではないかと思います。

   (2)行使が容認されたらどうなるのか

 このような形で狙われている集団的自衛権行使容認ですが、それが実際に実現したらどうなるのかということです。
 第一に、これは日本が攻撃されていなくても反撃できるわけですから、戦争できる「普通の国」となり、軍事大国化に向けて国富と財政が無駄使いされるということです。こうした動きは、すでに現実のものとして始まっています。ここに東京新聞を持ってきました。8月 30 日で「防衛省、過去最大の概算要求―武器調達で5兆円」という記事が出ています。来年度予算概算要求の中で、すでに軍事費、防衛費の増額があらわれています。去年から増額に転じていましたが、引き続きこうした問題が出てきています。
 日本が攻撃されていなくても、「密接な関係にある他国」が攻撃されれば反撃することができるということで、アメリカの例が挙げられます。安倍首相が言っていたのは、アメリカに向かって飛んでいくミサイルを指くわえてみていていいのかということです。将来、グアムやハワイの米軍基地に向けて北朝鮮からミサイルを発射するかもしれない。それを日本が迎撃することが必要だというわけです。
 しかし、アメリカの基地に向けて発射するミサイルを日本が撃ち落とせば、たちどころに日本に報復のミサイルが飛んでくる。日本の在日米軍基地に向けて北朝鮮からミサイルが飛んでくるのは当然考えられることです。すでに北朝鮮は在日米軍基地の名前を挙げて警告している。いまでもロック・オンされていると言われています。だからこれは、日本に対する攻撃を引き込む「呼び水」になります。日本政府は、ハワイやグアムにあるアメリカの基地の心配をする前に、どうして横田や横須賀の基地の心配をしないのか、ということになります。
 第二に、自衛隊の海外派兵が可能になります。戦闘に巻き込まれるリスクが増えるのは当然です。これは国会でも追及されていましたが、安倍さんはそうしたリスクが高まることについて頑として認めようとしない。国民にそのことを知られたくないのです。
 イラク戦争で日本は、自衛隊をサマーワとバグダット空港に送りましたが、犠牲者は出なかった。戦闘終結後の非戦闘地域への派遣ということで一定の縛りがかけられていたわけです。憲法9条による縛り、「バリアー」によって自衛隊はイラクにおいて守られていたのです。このような縛りや「バリアー」はこれからはなくなります。もし、有志連合や多国籍軍に加われば、たとえ後方支援でも死者が出る危険性は避けられません。たとえば、後方支援活動を行っていたドイツは、アフガニスタンで死者55人を出している。
 こういう形でリスクが高まり、自衛隊に死者が出ると、自衛隊への志願者が減る。いずれ徴兵制に頼らざるをえなくなるのではないかという心配があります。ただし現在では、政府の憲法解釈によれば、「奴隷的拘束および使役からの自由」を保障した憲法18条違反になるから徴兵制は認められないとされている。それに対して「国を守る事業は決して奴隷的な拘束や苦役ではない」と石破さんは言うわけです。だから憲法18条の違反にはならないのだという解釈が、将来もし行われるとすれば、徴兵制も導入される。このような新しい解釈改憲の可能性も存在しているといえます。
 第三に、日本の領海の外で日米共同軍事作戦の遂行が可能になります。イージス艦による米艦防護という問題です。5月15日の記者会見の時に安倍首相は、お母さんと赤ちゃん、子どもの絵を出して、朝鮮半島らしき所から日本に避難する日本人を乗せたアメリカの艦船=軍艦を防護しなくていいのかと訴えました。米艦防護については、これ以外にもたくさん事例が示されています。この米韓防護を行う艦船はおそらくイージス艦ということになるでしょう。このイージス艦、アメリカは84隻保有し、日本にはたったの6隻です。これから2隻造ろうとしているがそれでも8隻。 10分の1で大きな開きがあります。6隻しかない自衛隊が84隻もあるアメリカの艦船を防護しようといっているわけです。小学生が横綱に「守ってあげるからね」と言っているようなものです。
 第四に、イスラム社会から敵視され、テロの危険が高まります。有志連合だ、あるいは多国籍軍だといってそれに加わると、当然イギリスのようなことになる。ロンドンでテロ事件がありました。爆弾テロによって56人が亡くなり、スペインでもマドリードのテロで191人が命を落とすという惨事が起きました。しかも、いま中東では「イスラム国」という極めて危険な過激派の勢力が拡大している。その「イスラム国」などのテロを日本に引き寄せることになってしまうのではないでしょうか。
 第五に、9条に基づく専守防衛の国是は変質し、平和国家としての日本の「ブランド」が失われます。戦後の日本は、経済大国であるにもかかわらず軍事大国にはならないという、これまでの世界史において例をみない新しい「世界史的実験」を行ってきたと言っていい。この実験も今回の集団的自衛権行使容認によって終わりを迎えるのではないか。世界史的実験はここで挫折することになってしまう。国際紛争を武力によって解決しないという国際政治の基本理念も失われ、大変残念な結果をもたらすことになると思います。

   (3)どこに問題があるのか

 どこに問題があるのか。内容上の問題と手続き上の問題があります。
 第一の内容上の問題は戦争をしやすくなる、戦争の敷居が低くなります。日本が攻撃されていなくても反撃することになりますから、それに対する新たな反撃がくる。ただちに日本は戦争に加わることになってしまう。先制攻撃によって戦争の当事者になりやすいということになります。
 第二の手続き上の問題では、条文を変えずに解釈を変えれば、憲法に定められていない内容上の変更が可能になってしまいます。憲法の規範性が失われ、立憲主義・法治国家が否定される、事実上の「憲法クーデター」となります。しかも今回、新たな武力行使の「3要件」が閣議決定の中に組み込まれました。「密接な関係」「明白な危険」「必要最小限」など、恣意的な判断による拡大の危険性が大きい用語が使われている。これらについて、いったい誰が、どのように判断するのか。結局は内閣あるいは首相が「総合的に判断する」ことになるでしょう。
 閣議決定に向けての与党協議の中で、15の事例が示されました。そのうちの8つの事例 が集団的自衛権行使にかかわる内容です。いずれも新しい武力行使3要件によって「行使できる」というのが政府の見解になっています。
 「限定的な容認」なら問題ないのかということですが、安倍首相は集団的自衛権行使を容認することによって、日本の安全はこれまでより高まると説明しています。「安全が高まる」、「積極的意味を持つ」ということが本当であるなら、どうしてそれを限定しなければならないのか。「限定だからなんとか認めてくれ」というのが、今回の閣議決定です。やはり、日本の安全を高めるのではなく、それを低める。日本を危険な方向に引っ張ってゆくリスクがあることを安倍首相自身が自覚しているがゆえに、国民の不安がそれなりの根拠を持っていることを首相が認識しているから、「限定的な行使」と言い逃れせざるを得ないということです。
 しかも、「限定できるのか」という問題もあります。攻撃されていないのに反撃する。相手が殴ってきたから殴り返す。「限定」的だから一発だけ殴り返す。それに対する反撃も一発だけにしてくれというわけにはいかないでしょう。相手がどのような形でそれに報復してくるかは相手次第です。「限定」できるというのは幻想にすぎません。




 U 憲法破壊に向けての好戦的政策の実施


   (1) 着々と進んでいる「戦争する国」に向けての既成事実化

 このような「戦争する国」になるための憲法破壊に向けての政策は着実に実施されてきています。集団的自衛権行使容認の問題だけでなく、様々な既成事実化が着々と進んでいるということに注目しなければなりません。(文末の「資料」参照)
 「戦争する国」に向けての既成事実化は三つの面で進んでいます。@法・制度の改変、A自衛隊の「戦力」化と在日米軍基地の強化、B世論対策と教育への介入ということです。
 一つ目は法律や制度の改変です。昨年から今年にかけて、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法が成立し、国家安全保障局が設置されました。戦前、五相会議という戦争主導の体制がありましたが、今日では、4閣僚会合ということになるでしょう。こうした体制ができました。武器輸出3原則から「防衛装備移転3原則」への変更ということで、武器の禁輸から輸出への180度の転換がはかられました。軍事支援・武器援助解禁のОDA大綱改定にむけての報告書が提出される。いま着々とそのための準備が進められています。
 そればかりではありません。法の抜け穴を通じて、富士通の子会社がアメリカのIT企業を買収し、審査を受けずに軍事産業が海外展開を可能にするという例も生まれています。改憲による自衛隊の国防軍化や軍法会議設置の目論見も示されています。自民党の憲法草案にはこうした内容が盛り込まれています。
 二つ目は自衛隊の「戦力」化と在日米軍基地の強化です。これは昨年12月に国家安全保障戦略が閣議決定され、同じときに新防衛計画の大綱と新中期防衛力整備計画も閣議決定されました。日本版海兵隊の新設も来年度予算の概算要求に出され、「陸上総隊」の新設や水陸機動団の編成がはかられようとしています。水陸両用車52両、無人偵察機3機、オスプレイ17機の導入という計画も明らかにされています。そのオスプレイを佐賀空港に配備するという。沖縄にいるアメリカのオスプレイも本土にやってきて、横田基地などを飛び回っています。
 米軍の辺野古新基地建設に向けて、辺野古沖のボーリング調査が強行されました。それに先立ってブイの設置が8月14日に始まっています。11月の沖縄県知事選挙に向けて何としても工事を急ぎ、既成事実化を進めてしまおうという焦りのあらわれだといっていいのではないかと思います。
 部隊運用や作戦指導における制服組の指導権の確立もはかられ、シビリアンコントロールが弱められるということも狙われています。
 三番目は世論対策、教育への介入という点です。まずマスコミ対策。安倍首相は主要なマスコミ首脳との会食を頻繁に行っています。NHK会長と経営委員に安倍首相の「お友だち」を選任するということもありました。マスコミ対策、マスコミ工作が非常に周到になされている。細かく神経を配っているといっていいかもしれません。
 たとえば昨年12月26日、安倍首相は昼に靖国神社に参拝し、夕方赤坂のANAインターコンチネンタルホテルに向かい、日本料理屋「雲海」でマスコミ各社の幹部と懇談していた。政治部長なども参加しているわけです。今年の5月15日、安保法制懇報告書が出され、これを受けて夕方、安倍首相は記者会見を行いました。その後首相が向かったのはマスコミ各社の幹部との会食の場であったというのです。
 最近も首相は、河口湖の別荘でゴルフをしていた。広島で土砂災害が起きた時、その報告を受けながらゴルフを再開し、東京にいったん戻ったために批判を受けました。この河口湖でのゴルフは誰と一緒だったのか。森元首相や三枝フジテレビ会長と一緒だったのです。三枝さんとは16日、18日、20日と3日間も一緒にゴルフをしていました。どれほど仲がいいのか。このようなマスコミとの癒着、あるいはマスコミ工作が非常に目につきます。
 そればかりではありません。昨年、特定秘密保護法が成立しました。それと関連して先の国会で国会法が改定され、秘密会が設置されています。軍事機密と情報の隠ぺい、取材規制と国民の知る権利に対する侵害も着々と既成事実化していると言っていいと思います。
 「戦争する国」になるための「人材づくり」、あるいは戦争するための「心づくり」が教育改革です。教育再生実行会議を中心に、教育委員会や教科書への介入、道徳の教科化が行われようとしている。英語を小学校の時から話せるようにする。アメリカとの共同作戦になれば使われる言語は英語ですから、英語教育を重視するというのはそうした裏があるのではないかと勘繰りたくなります。
 「戦争する国」になるには、「戦争を支持する社会」と「戦える人材」を確保することが不可欠なのです。情報の規制、管理、あるいは教育、マスコミ統制など。これらはいずれも、戦える社会、戦える心、人材を生み出すという目的にそった「戦争する国」への準備にほかなりません。

   (2)3つの改憲戦術の総合的発動

 このような転換を確実にするために、3つの改憲戦術が総合的に発動されています。@憲法の文書そのものを変える明文改憲、A憲法の内容に反する法律をつくる立法改憲あるいは実質改憲、B憲法の解釈を変える解釈改憲という3つが、現在総合的に発動されています。このこともきちんと見ておく必要があります。
 安倍首相は当初、明文改憲を前面に出そうと考えていた節があります。当初言っていた96条先行改憲論がそれです。しかし、どの世論調査をみても反対が多いので、途中で明文改憲から解釈改憲の方向に、つまり条文を変えずに解釈によって実質的な改憲を行ってしまおうという姑息なやり方にチェンジしたのだと思います。
 しかし、明文改憲をあきらめたわけではない。いずれ憲法の条文を変えるということを正面から打ち出すための準備は、先の通常国会で国民投票法の改定ということで実行されました。4年後には18歳投票権が与えられ、改憲のための国民投票が実施できる条件ができました。その時に出てくるのは自民党の改憲草案になる。これは憲法の原理を全部ひっくり返すようなとんでもない条文になっています。
 実質改憲=立法改憲の点では、すでに、自衛隊法、防衛省設置法、PKO法、周辺事態法、国民防護法など、戦争にかかわるような各種の法律が制定されてきました。基本的に日本国憲法は戦争を想定していないわけですから、こうした立法は実質改憲と言っていいと思います。最近では、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法や特定秘密保護法がこれにあたる。下位法(法律)による上位法(憲法)の実質的改定であり、憲法下剋上、あるいは「立法クーデター」といっていいと思います。
 これからは集団的自衛権行使容認の閣議決定に基づいて、来年の通常国会で改定法が出されてきます。これらも立法改憲、実質改憲です。
 解釈改憲という点では今回の集団的自衛権行使容認が、まさにそのものということになります。実は解釈改憲はこれで2回目なのです。一回目の解釈改憲は、「自衛隊は9条が禁止する『軍隊』ではないから保持可能である」という解釈の変更です、しかも「芦田修正」によって「自衛」のための実力組織であって、「国際紛争を解決する手段」としての軍隊ではない、だから自衛隊をもつことはできるというわけです。
 「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」というのが9条一項であり、これに続いて、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と第二項では述べられています。この「前項の目的を達成するため」というのは、つまり「国際紛争を解決する手段としては」というところにかかるのであって、自衛のための手段であれば大丈夫だと言ったのです。これは戦力ではない、軍隊ではないと。ところが今度の二回目の解釈改憲では、集団的自衛権の行使容認は「必要最小限度の範囲」に含まれる、9条の範囲に含まれるということで、解釈を広げてしまったわけです。
 他国が、日本と密接な関係にあれば、日本はその国を助けるために反撃できる。これは国際紛争の解決のために「軍隊」を派遣することを意味し、「軍事力」を行使することそのものになるわけです。ですから第二の解釈改憲によって、第一の解釈改憲もでたらめで嘘であったということがはっきりしたということになります。そもそも第一の解釈改憲もごまかしであり、無理があった。それをさらに拡大する形で第二の解釈改憲=集団的自衛権行使容認がなされたと言っていいでしょう。
   
   (3)安倍「積極的平和主義」の誤り

 3番目は「積極的平和主義」の誤りという問題です。安倍さんがいう「積極的平和主義」の最大の間違いは、非軍事的安全保障という発想が完全に欠落しているところにあります。軍事一辺倒、「力の政治」です。軍事以外の対話、交渉などで問題を解決するという姿勢がほとんどない。内閣発足以来、周辺諸国首脳との会談が、中国、韓国とは全くありません。こうした状況が長く続いているのです。こちらの方が安全保障上の大問題ではありませんか。
 今回の集団的自衛権行使容認にあたっても、「安全保障環境の激変」という理由があげられていました。これは第一次安倍内閣の時にも言っていたことです。今回も安全保障環境の激変だと言っている。安倍さんが首相になり、安倍内閣が発足するたびに「安全保障環境が激変」するというわけです。つまり、北朝鮮や中国の脅威が増大しているということになるのですが、もしそうであるなら、これまで一貫して自衛隊が増強され、在日米軍基地が強化されることでなされてきた軍事的対応能力の増大は、抑止力としてまったく効果がなかったということになるではありませんか。今回も集団的自衛権行使容認することで抑止力が拡大すると言っていますが、それはつまり相手にとっても同じ事が言えるわけです。抑止力を拡大するためには軍事的対応能力を増大しなければならないという論理として利用されることになります。このようなことを互いに言い合えば、軍事的エスカレートを招くだけであり、これは「抑止の理論」から「軍拡の論理」に転換してしまいます。
 今回の集団的自衛権行使容認についても、周辺諸国の警戒感を高めて軍拡の口実を与え る。実際に軍拡競争は激化するでしょう。中国との関係でいえば偶発的衝突の危険性が増大していると言っていいと思います。このような危険性を下げるための外交努力がまったくなされていないことは驚くべきことです。周辺諸国との対話を阻害し、緊張を高めているのは安倍首相自身であり、その緊張を緩和するためには安倍さんが首相をやめるのが最善の策であるといわなければなりません。平和憲法を変質させ、平和的生存権を脅かす安倍首相の存在自体が憲法違反です。憲法99条にはなんと書いてあるか。「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と書いてあるのです。この義務を安倍首相は果たしていません。この点からも、安倍首相は「背広を着て歩く憲法違反」だと言わなければなりません。




 V たたかいの現段階と今後の課題


    (1)安倍首相の誤算と亀裂の拡大

 このような安倍首相を早期退陣に追いこむことが当面の課題になります。ということで、たたかいの現段階と今後の課題についてお話させていただきます。
 これまで安倍首相は、「戦争する国」づくりということで既成事実化を進めてきましたが、それが順調に進んでいるかというと必ずしもそうではありません。そのことによって様々な矛盾や軋轢、反発が生まれていることも否定できない事実です。
 とくに、アメリカとの関係は大変微妙です。アメリカは集団的自衛権行使容認を歓迎していますが、一抹の危惧と不安を抱いています。とくに今回の措置や今後の「戦争をする国」に向けた具体的な措置の一つ一つが、中国への挑発にならないかと心配しています。そもそも、安倍さんは「右翼の軍国主義者」であり、この点で民主党のリベラル派であるオバマ大統領とは話が合いません。4月にオバマさんと日米首脳会談をしましたが、話がまとまらず、日本を出発する直前に共同声明がでるという異例のものでした。昨年の2月、最初の安倍さ んの訪米の時も空港には大統領の迎えもなく、晩さん会もないという形で、共同記者会見も行われませんでした。
 オバマさんは安倍首相を警戒している。安倍さんにはそれがわかっている。だから、最初の訪米の時には、右手に米軍普天間基地の辺野古移設、左手にТPP交渉への参加というお土産をもっていった。いまは、集団的自衛権行使容認ということですり寄ろうとしている。相手が嫌えば嫌うほど、気にいられようとしてすり寄るという関係が生まれているのではないでしょうか。オバマさんは、安倍首相が帝国主義的自立を密かに考えているのではないか、戦後の国際秩序をひっくり返そうとしているのではないかと懸念している。勝手に中国との間で緊張を激化させ、ドンパチを始めて、大変だから助けてということでアメリカを戦争に引き込むということになったら困る、というのがオバマ大統領が心配していることではないかと思います。
 先ほどマスコミ工作が大変用意周到になされていると話しましたが、一部のメディアは安倍首相から離反しています。秘密保護法制定のときの強引さによって見限られました。
 与党・公明党の抵抗もありましたが、創価学会はいまだに釈然としていない面があります。与党の「弱い環」が公明党であり、ここが「ねらい目」ということがいえます。自民党ОBによる批判はみなさんもよくご存知の通りです。古賀誠、加藤紘一、野中広務さんなどが『赤旗日曜版』にまで登場して安倍さんに対して厳しい批判を繰り返しています。自分たちが育ててきた保守政党としての自民党が、極右勢力である「安倍一族」に乗っ取られてしまったということに、ようやく気が付いてきたのではないかと思います。
 元法制局長官など官僚ОBの反感と異論も特徴的です。とくに柳沢協二さんなどは大活躍です。もと防衛官僚であったという過去が信じられないくらいの厳しい批判を次つぎと発言されている。これらの人々は世論を喚起するうえで重要、かつ貴重な役割を果たされていると高く評価していいと思います。

   (2)共同の広がりと世論の変化

 このような中、注目すべき共同の広がり、世論の変化が生じています。私は「反響の法則」と言っています。ボールを地面に強く叩きつければ叩きつけるほど高く跳ね上がるということです。いま国民の世論はそういう形で大きく跳ね上がってきていると思います。安倍改憲と戦争への現実性を伴った危機感が幅広く、国民の間に浸透し始めてきています。
 たとえば、デモと集会の復権があります。これは反原発運動や秘密保護法反対運動、反ヘイトデモなどでも顕著です。こうした集会やデモが頻繁になされているということだけでなく、最近ではマスコミなどでも報道されるようになりました。テレビのニュースなどで日比谷公園での集会が大きく報道されるなどということも一度や二度ではありません。
 国会内の多数勢力と世論とのかい離もどんどん拡大しています。自民党を支持したのは有権者の4〜5分の1です。衆議院選挙、参議院選挙の絶対得票率、対有権者比の得票割合をみれば、一番多かったのが衆議院選挙・小選挙区の得票割合で、有権者の25%にすぎない、参議院選挙の比例代表でも18%です。有権者の多数が自民党を支持し、自民党の政権復帰を望んでいたわけではないのです。半分は投票に行かない。投票した半分は野党に入れ、残りの半分ほどが自民党に入れたのです。だから 25%、4分の1ということなのです。
 民意とのかい離はどんどん拡大しています。共同通信の8月世論調査では、集団的自衛権の行使容認反対は 60・2%、毎日新聞の8月調査でも行使容認に反対は60%です。5月に54%、6月に58%ですから、4ポイント、2ポイントと反対が増えてきているのです。しかも8月というと、7月1日に閣議決定がされた後ですから、閣議決定によっていよいよ戦争に巻き込まれるのではないか、「戦争する国」になってしまうのではないかという心配が高まった結果だと思います。
 琉球新報社と沖縄テレビが行った合同世論調査では、辺野古の新基地建設のための海底ボーリング調査について、「中止すべきだ」 が 80・2%で8割です。これだけ多くの沖縄県民が反対しているにもかかわらず、集団的自衛権行使容認閣議決定、あるいはボーリングのためのブイ設置ということを行っている。ますます民意とのかい離が拡大してきているのが現状です。

   (3)閣議決定後の課題
      ――間違った決定には明確なペナルティを課すべき

 7月1日の閣議決定後の課題とこれからの展望です。間違った決定には明確なペナルティを課すべきであるということです。
 滋賀県知事選に続いて、沖縄でのミニ統一 地方選挙、10月には福島県知事選挙、 11月には沖縄県知事選挙があり、来年4月には統一地方選挙などがあります。こうした各種選挙で与党を敗北させる。この選挙を有権者である国民の側から異議申し立てをする機会、チャンスとして、活用することが重要です。
 「限定」的な行使だからいいではないかと首相は言っていますが、この「限定」の縛りをさらに強くすることも必要です。安倍首相は国内では「変わらない」といい、外国では「大きく転換した」と言っている。二枚舌もいいところです。「変わらない」「限定している」から、「平和国家としての基本は維持されている」と説得されてしまったのが公明党です。公明党がいままでの「平和主義」や「平和憲法の理念は維持されている」というのであるなら、それに沿った形で「限定」の縛りを強くすることが、これからの国会審議の中で重要になると思います。創価学会婦人部などは、戦争に対する危機感が強いと聞いています。創価学会婦人部に働きかけて一緒に反対の声明を出すことや呼びかけを出すことも検討していただきたい。
 もう一つ可能性としてあるのが裁判です。閣議決定の違憲確認の訴訟を起こすことが考 えられます。すでに松阪市長などを中心にそのような動きも始まっています。

    (4)どう立ち向かうのか

 解釈改憲、立法改憲、明文改憲の各段階での反撃が必要です。内閣支持率が4割台に低下している。それをさらに下げることです。安倍首相の武器は株価と支持率といわれています。支持率は過半数を切った。株価はどうなるのかわからない。どうやら天に見放されたようで、8月の天候不順で景気は悪くなる。アベノミクス破綻ということで株価も下がってゆく可能性が濃厚です。
 明後日、内閣改造があります。骨格や中心メンバーは変えないなかで、高市早苗、山谷えり子、稲田朋美という人たちが内閣に入ったり、自民党の役員になるといわれています。「安倍カラー」はさらに強まるでしょう。イギリスの『エコノミスト』誌はすでに高市さんが入ることへの警戒感を表明しています。
 安倍内閣が厳しい状況に陥る可能性は大きい。さらに世論の力を盛り上げて追撃しなくてはならない。これが大きな目標になります。そのためにも、事実を知り、教訓を学び、正しい情報を発信することが大切です。とくに事実を伝えることです。国民の多くは知りません。こうした人たちに伝えてゆく。可能な形で情報を発信していくことが大切です。
 もう一つ重要なことは、そのような形で情報を発信し、伝えれば、世論は変わるということです。この間、確実に変化がうまれてきています。国民は大きな不安を抱き、このままいったら大変なことになると思い始めています。8月27日の毎日新聞に、こんな投書が掲載されていました。「戦中戦後を乗り切ってきて、今また、不安な毎日を暮すなんて考えてもみませんでした。何事にも自分本位の首相の言動、 もう信じられません」というものです。このように感じている国民は多い。皆さんの側から情報を発信し、事実を伝え、理解を深めていただくことが必要です。そのためにも、若者と女性のエネルギーを最大限に発揮する。高齢者の知恵と経験を生かす。これが必要です。
 私は、講演の最後に必ずこう言っています。お年寄りの方が多いときには、「こんなきなくさくなっていく世の中をこのまま残して、お迎えを待つということでいいのでしょうか」と。平和で民主的で豊かな、孫や子が将来に希望をもって住み、生きることができる世の中に少しでも変えて、やすんじてお迎えを待つというのが正しい高齢者の生き方ではないかと。ついでに、「運動」は身体に良いとも。
 是非、若者や女性、もちろん現役の方々も、国民の中に分け入り、情報を伝え、世論の変化を生み出していただきたい。このことをお願いし、そのために皆さんが先頭に立たれることを期待しまして、私の話を終わります。(いがらし じん)
(2014年9月1日、全労連会館で開催された憲法共同センターの「学習決起集会」での講演を整理したものです。)

〔以下の資料は、『憲法運動』9月号、通巻434号、に掲載された論攷「ストップ! 集団的自衛権行使 たたかいの展望」の文末に掲載されたものです。〕

◆2013年
4.28 政府,サンフランシスコ講和条約発効61年を記念し「主権回復記念式典」開催
8.8 内閣法制局長官に小松一郎駐仏大使の起用を閣議決定
10.3 日米両政府, 2014年末までに「日米防衛協力の指針」を改定することで合意
10.8 陸自と米海兵隊による日米共同訓練、陸自饗庭野演習場で開始。オスプレイ初参加
11.2 日露両政府の外務・防衛閣僚協議,東京で初会合。定例化で合意。
11.15 改正自衛隊法成立。緊急時に在外邦人を救助するため自衛隊による陸上輸送が可能に
11.26 国家安全保障会議(日本版NSC)設置法成立
12.6 特定秘密保護法成立
12.17 初の国家安全保障戦略を閣議決定。積極的平和主義を強調、新防衛衛計画の大綱、新中期防衛力整備計画を閣議決定
12.26 安倍首相,靖国神社を参拝。
12.27 仲井真弘和沖縄県知事,米軍普天間飛行場移転問題で辺野古埋め立てを承認。

◆2014年
1.7 国家安全保障局発足
4.1 武器輸出三原則に代わる新たな原則として防衛装備移転三原則を策定
5.15 安保法制懇、集団的自衛権行使容認の報告書を提出
6.16 パリでの武器見本市に日本政府の勧誘に応じた三菱重工・東芝など13社が初参加
6.26 政府開発援助(ODA)有識者懇談会、軍事利用解禁を検討する提言の報告書を提出
7.1 集団的自衛権行使容認の閣議決定
7.7 小野寺防衛庁長官訪米、上陸用装備を搭載できる強襲揚陸艦を導入する意向表明
7.8 オーストラリアとの間で防衛装備品と技術の移転に関する協定を締結
7.15 厚木基地にオスプレイ飛来。7.19オスプレイ2機、米軍横田基地に着陸
7.17 国家安全保障会議、ミサイル部品の対米輸出を決定。防衛装備移転三原則での初の輸出
7.18 佐賀空港へのオスプレイ配備計画が表面化
7.18 ソマリア沖の自衛隊派遣1年延長と多国籍部隊に初の司令官派遣を閣議決定
8.1 岸田外務大臣、ベトナムとの間で巡視船として使用できる船舶6隻供与で合意
8.3 防衛省、民間フェリーの船員を予備自衛官とする構想検討開始と報道(毎日新聞)
8.3 防衛省、5年後をめどに自衛隊初の宇宙部隊を発足させる方針と報道(東京新聞)
8.9 防衛省、新たな迎撃ミサイル「地上配備型SM3」の導入を検討と報道(毎日新聞)
8.14 沖縄防衛局、名護市辺野古の埋め立て予定地でボーリング調査のためのブイ設置
8.20 オスプレイ、東日本で初訓練。静岡・山梨両県内の自衛隊演習場で離着陸訓練
8.26 富士通の英国子会社、5月に米IT企業を買収し米防衛市場に初参入と報道(東京新聞)
8.29 防衛省、15年度予算の概算要求で過去最大の5兆545億円を計上し、初めて5兆円を突破。オスプレイ、水陸両用車、無人偵察機などを新たに導入




                            五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所・前教授)
                                        
      〔以下のインタビューは『産経新聞』2014年10月10日付「金曜討論」欄に掲載されたものです。〕


  ――法規制の必要性について

 「ヘイトスピーチは大きな問題で、規制するのは当然の話だ。東京・新大久保ではデモの影響で商店に経済的な損害も出ており、京都の朝鮮学校へのデモでは子供が恐怖心を抱くなど具体的な被害が発生している。これは言論による暴力そのもので、放置されれば人種や民族、宗教にもとづいて少数派が差別されて当然であるかのような、自由度の低い社会になってしまう危険性がある」

  ――国連の人種差別撤廃委員会から日本は法規制を求められている

 「国外から指摘される前に法規制をやるべきだった。指摘されてなお問題が解決できていないというのも情けない。何らかの形でヘイトスピーチを根絶せねばならず、法規制なしでもなくなれば結構だ。ただ現実には言葉の暴力≠ヘ野放し状態になっている。現行法で対処できていないわけで、そうであれば新たな法規制が必要だろう」

  ――言論の自由との兼ね合いは

 「ヘイトスピーチを『個人または不特定多数に対して、人種、民族、宗教などの属性にもとづいて差別し、排除や憎悪をあおり立てる言動』などと定義し、取り締まる対象を明確に限定することが必要だ。これには大音響のデモの他、ネットの書き込みやプラカードも含まれる。出版物の出版禁止ということもあり得るだろう。乱用や適用拡大による言論の自由侵害をどう防ぐかは、 法規制のある欧州諸国を参考にすれば良い」

  ――デモ行進中、ヘイトスピーチが確認されたらどう対処すればよいか

 「在特会(在日特権を許さない市民の会)のように問題となるデモを行っている集団は、指定暴力団やアレフのように団体指定をしてデモ行進を禁止すべきだ。また、それ以外の集団がデモ中にヘイトスピーチを始めた場合、デモを中止させることはあり得るだろう。集会・結社の自由の例外ということになるが、自由を侵害する者を規制しなければ自由は守れない。公共の福祉を侵害するような自由を排除することによって、自由で民主的な社会は守られる」

  ――法規制で、例えば「移民反対」といった言論が規制される恐れは

 「そうならないよう、ヘイトスピーチの定義を限定し明確にする必要がある。今の在特会でも『日韓断交』のような政治的な主張はありうる話で、それまで拡大適用されないような定義が必要になる。あいまいな部分については、最終的には裁判で争えばいい」


  ――最近、在特会の主張は以前よりおとなしくなっているようだ

 「社会的な批判の高まりによってヘイトスピーチがなくなるのが一番いい。その意味では、新たな法規制を検討すること自体にも一定の効果が期待できる」




      (2014.08.09〜08.12)
                             
               
                   五十嵐 仁(法政大学大原社会問題研究所前教授)
                                        
   〔以下の論攷は、月刊『全労連』No.210、2014年8月号に掲載されたものです。〕




   はじめに

 安倍晋三首相が憲法の改定を目指していることは、すでに第1次内閣において明らかであった。「戦後レジームからの脱却」というスローガンを掲げ、改憲のための国民投票法を成立させたからである。教育基本法の改定や教育関連3法の改悪も、そのためであった。しかし、持病の悪化によって辞任を余儀なくされ、このような「野望」は潰えたかに見えた。
 しかし、そうではなかった。2012年秋の自民党総裁選挙に立候補して当選し、暮れの総選挙で政権が交代して再び首相に返り咲いた。その後、安倍首相はアメリカでの演説で「私を右翼の軍国主義者と呼びたいなら、どうぞ」と居直った。改憲志向で「右翼の軍国主義者」が、戦後初めての再登板を果たしたことになる。
 こうして、第2次安倍内閣が発足した。自民党の政権復帰を可能にした背景には民主党の失敗など様々な要因が考えられる。しかし、安倍首相の復活を導いた主な要因が国民意識とそれを反映した自民党議員の意識構造の変化だったことは疑いない。
 このような変化がなければ、すでに改憲論者としての実績を残していた安倍元首相に対する待望論は生まれず、総裁選挙で勝利することは考えられなかったからである。また、第2次安倍内閣発足後における内閣の支持率の高さや参院選での勝利と「ねじれ状態」の解消、その後の「安倍カラー」を前面に出した政策展開を可能にしたのも、このような国民意識の変化であったと思われる。
 このような国民意識の変化のなかでも、「ネトウヨ」などと呼ばれるインターネットでの右翼的な言説に強い影響を受けた若者の保守化が注目を集めてきた。そして、このような右傾化の傾向は女性や中高年層など社会の広い層に伝播しつつあるように受け取られている。
 以下、このような若者の意識状況に注目しつつ、安倍内閣に対する国民の支持のあり方や国民意識の動向を検討してみることにしよう。同時に、その背景や変化の要因についても、可能な限り触れることにしたい。

   1 第2次安倍内閣と支持率の動向

 (1)世論調査について注意すべきこと
 安倍内閣に対する支持率についての検討に入る前に、世論調査についていくつかの注意点を述べておきたい。世論調査によって示される数字は、「世論」の正確な分布を示すものとなってはいないからである。
 新聞やテレビ各社によって実施される世論調査は、電話か調査員の訪問によって実施される。電話の場合は固定電話が対象であって、携帯電話は除外される。そのため、携帯電話の利用者が多い若い層は調査対象から外れる場合が多くなってしまう。
 また、調査は土曜日や日曜日に行われるのがほとんどである。これは在宅者の多い曜日であるからだが、その場合でも不在であれば答えることができない。休日に働いている労働者、様々な用事がある人や活動的で外出の機会が多い現役世代は調査対象から外れることになってしまう。
 その結果、世論調査に答えることができる条件のある人々の意見が集約されることになる。このような条件に比較的恵まれているのは、高齢者や家庭の主婦、無業者であると考えられる。
 つまり、世論調査で示される数字は必ずしも国民全体の意見を示すものではなく、その一部である高齢者や家庭の主婦、職に就いていない人や在宅勤務の人、自営業者など在宅機会の多い階層の意見を過剰に反映したものとなる傾向がある。世論調査を分析する場合、常にこのようなバイアス(偏向)が存在する可能性に留意する必要があるだろう。

 (2)安倍内閣支持率の推移
 以上の注意点を確認したうえで、第2次安倍内閣の支持率の推移を検討することにしたい。そこにはいくつかの特徴がある。
 第1に、内閣支持率の安定性である。図表1(省略)は「NHK政治意識月例調査」による森内閣以降の「歴代内閣の支持率の推移」(http://www2・ttcn・ne・jp/honkawa/5236a・html)を示しているが、一見して安倍内閣の支持率は小泉内閣と同じような軌跡を描いていることが分かる。
 他の内閣の支持率は、第1次安倍内閣を含めて急速に低下して右肩下がりになっているが、小泉内閣と安倍内閣は途中で下げ止まり安定している。なかでも、安倍内閣はほぼ50%以上となっている点で小泉内閣以上の安定度を示していると言える。
 第2に、重要な政策決定の影響は軽微にとどまったということである。報道機関大手12社の調査の平均値を示した図表2(省略)の「内閣支持率の推移」(http://www・realpolitics・jp/research/)を見れば、支持の低下が目立つのは、参院選前の13年6〜7月、12月、14年5月の3回である。
 安倍首相は、2013年2月にTPP交渉への参加表明、6月に成長戦略を示した「骨太の方針」の閣議決定、11月に秘密保護法の成立、12月に靖国神社の参拝、14年4月に消費税率の5%から8%への引き上げ、5月に集団的自衛権の行使容認に向けての安保法制懇の報告書提出を受けての記者会見などを行った。これらの政策決定の影響は、13年6月と12月、14年5月を除けば、ほとんど見ることができない。
 とりわけ、4月に消費税率の引き上げがあったにもかかわらず、支持率が下がっていないどころか上がっている点は注目すべきであろう。共同通信社の4月調査によれば安倍内閣支持率は59・8%と、前回の3月の調査に比べて2・9ポイントも上昇した。これらの事実は、内閣支持率が政策面での支持・不支持の裏付けを欠いていることを示している。
 第3に、以上の点にもかかわらず、安倍内閣に対する支持率も傾向的な低下を免れていないということである。内閣支持率が当初の70%前後から50%台にまで低下していることは、図1と図2の両方で確認できる。しかも、5月24〜25日に実施されたテレビ朝日の調査では、4月の前回調査と比べて12・3ポイントも下落して45・7%となっている。これまで最低だった13年7月の46・4%を下回る最低の水準であった。
 集団的自衛権行使容認の閣議決定を安倍首相が急いでいる背景には、このような内閣支持率の長期的な動向が存在しているように思われる。支持率の高いうちに、懸案の解決に道をつけておきたいということなのであろう。裏返せば、それは安倍首相の焦りを生む要因ともなっている。

    2 安倍内閣への高支持率構造の解析

 以上のように、安倍内閣の支持率には、他の内閣に比べれば相対的に安定しているという特徴がある。発足後1年半以上にわたって50%前後という高い水準を維持しているのは何故だろうか。それは、安倍首相が積極的な支持と消極的な支持の両方を引き寄せているからだと思われる。しかし、その構造を解析してみれば、内容には重要な変化と弱点を見て取ることができる。

  (1) 安倍内閣に対する積極的な支持
 安倍内閣に対する積極的な支持は、景気対策や経済政策への期待や政治が変わるのではないかという思いに示されている。内閣発足直後の2012年12月の日経新聞調査では「優先処理してほしい政策課題」として「景気対策」をあげた人が53%にのぼり、同月の朝日新聞調査では安倍首相の経済政策に「期待できる」と答えた人は49%であった。これらの回答はアベノミクスとして総称される経済・財政・金融政策に対する期待感の高さを示していた。
 しかもこれは、実際の株価の動きによってある程度裏づけられているように受け取られた。以前に比べれば円安が進んで株価が上がり、消費者物価も上昇したからである。安倍首相の唱えるデフレ不況からの脱却も近いという期待感が高まったのも当然であろう。
 しかし、このような期待感と実際の経済の動きとは別の問題である。円安・株高は安倍内閣が発足する以前の12年11月頃から始まっており、株高の誘導を狙った日銀の大胆な金融緩和は13年4月からであった。その後は株価が乱高下を繰り返し、年末にはいったん最高値をつけたものの、今年に入って低下し1万4000〜5000円の水準を上下している。
 他方で、消費者物価の方は円安や金融緩和、消費増税の影響もあって急速に上昇した。総務省が5月30日に発表した4月の全国消費者物価指数は、前年同月比で3・2%と11か月連続の上昇である。上昇率も1・9ポイントとなり、バブル期の1991年2月以来、23年2か月ぶりの伸びとなった。
 このように、株高は頭打ちとなり、物価は上がり続けている。安倍首相が強く要請して春闘でのベアは上昇したが一部にとどまり、生活水準の向上分はわずか0・42%にすぎなかった。景気回復に向けての期待感は先行したものの実態は伴っていない。消費増税前の14年3月時点で、読売新聞調査でさえ景気の回復について「実感していない」という回答は77%にも上った。
 その結果、時間が経つにつれて「政策に期待できる」などの積極的な理由に基づく支持は減少していく。14年5月の朝日新聞調査では「政策の面」を支持する理由として挙げた人が46%だったのに対して支持しない理由として挙げた人が62%、毎日新聞調査では「政策に期待できる」という回答が29%だったのに対して「政策に期待できない」が66%、読売新聞調査でも「政策に期待できる」という回答が15%だったのに対して「期待できない」が27%であった。どの調査でも政策への期待よりも期待できないとの回答の方が多くなっている。

 (2)安倍内閣に対する消極的な支持
 これに対して、消極的な支持はどうだろうか。読売新聞では「これまでの内閣よりよい」という回答が12年12月調査では41%、14年5月調査では45%と増えている。このような回答の背後には、先行する内閣によって期待を大きく裏切られたという苦い思いが存在している。第1次安倍内閣以降のいずれの政権の支持率もほぼ一直線に急落しているように、このような失望は民主党政権に限られるものではない。
 ただし、このような国民の期待に安倍内閣が応えられたわけではない。毎日新聞調査では支持の理由として「政治のあり方が変わりそうだから」をあげた人が12年12月調査では54%もあったのに、14年5月調査では32%へと22ポイントも下落している。読売新聞の5月調査では「首相が信頼できない」という回答が33%で、「信頼できる」7%の5倍弱となった。失望の広がりと信頼感の低下が示されていると言えよう。
 14年5月の共同通信調査では、安倍内閣について「支持する最も大きな理由」を聞いている。これに対する回答で最も多かったのは「ほかに適当な人がいない」の24・2%であった。これこそ消極的な支持の典型だと言える。
 自民党内には強力なライバルが存在せず、野党も「一強多弱」と言われるような状況に陥っていることが、その背景にある。裏を返せば、「適当な人」や「適当な政党」の存在に気が付けば、このような見方はたちどころに変わっていくだろう。高い内閣支持率の背後には、意外なもろさや弱点が隠されているのである。

 (3)個々の政策課題に対する賛否との乖離
 このようなもろさや弱点を象徴的に示しているのが、安倍内閣の支持率と個々の政策課題に対する賛否との乖離である。安倍内閣に対する全般的な支持率は高くても、内閣が掲げて実行を目指している個別の政策課題については反対の方が多くなっている。
 たとえば朝日新聞の14年5月調査でも、集団的自衛権行使容認に「反対」が55%、解釈による変更は「適切でない」が67%、もし集団的自衛権の行使が容認されたら同盟国の戦争に「巻き込まれる可能性が高まる」が75%、原子力発電所の運転再開に「反対」が59%と、いずれも過半数以上が内閣の方針に批判的である。共同通信14年5月調査では、消費税についても10%への引き上げへの「反対」は56・6%と過半数を超えている。
 また、安倍内閣に近い立場をとる日経新聞の14年4月調査でも、TTP交渉で合意のための妥協は「やむを得ない」37%に対し「すべきでない」は44%、原発再稼働を明記したエネルギー基本計画に「賛成」32%に対し「反対」は55%、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈変更に「賛成」38%に対し「反対」は49%と、いずれも反対の方が多くなっている。世論の動向は内閣がめざしている方向とは逆なのである。
 現在の政治が民意によって動いていないだけでなく、それとは逆の方向に進んでいるということになる。これで民主主義国家だと言えるのだろうか。このような政治運営を行っていれば、いずれは民意によるしっぺ返しを受けざるを得ないし、また、そうでなければならない。

 (4)最近の世論動向が示すもの
 最近実施された世論調査においても、上に述べたような内閣支持率の傾向的低下や個々の政策課題での反対世論の増大は明瞭に示されている。6月21〜22日に実施された共同通信社調査と朝日新聞調査を例に、これらの点を検討してみよう。
 安倍内閣に対する支持率は、共同通信社の調査では52・1%と前回調査から2・6ポイント減少した。第2次安倍内閣発足後では2番目に低い水準である。支持する最も大きな理由では「ほかに適当な人がいない」(25・3%)が一番多くなっている。他方の朝日新聞調査では内閣支持率が43%で、前回5月調査から6ポイント減少して第2次内閣発足以来最低となった。
 また、朝日新聞調査では支持・不支持層に対して気持ちの固さも尋ねている。それによれば、支持層のうち「これからも支持を続ける」は41%で、「支持を続けるとは限らない」は55%であった。他方、不支持層のうち「これからも支持しない」は57%で、「支持するかもしれない」は35%となっている。つまり、今は支持していても支持し続けるとは限らず、今は支持していないしこれからも支持しないという気持ちの方が過半数を超えており、内閣支持率がさらに低下する可能性を示唆している。
 安倍内閣が推進している政策課題について、共同通信社の調査では、集団的自衛権の行使容認への反対が55・4%、憲法改正ではなく解釈変更によって行使を認める考えに反対が57・7%、行使を一度容認すれば、容認の範囲が広がると懸念する回答が62・1%に上った。2015年10月に予定される消費税率10%への引き上げについても反対は59・7%、安全が確認された原発の再稼働に反対は55・2%と、どれについても反対が過半数を超えた。
 朝日新聞調査では、集団的自衛権の行使容認をめぐる政権での議論が「十分ではない」が76%、集団的自衛権を使えるようにすることについて「反対」が56%、集団的自衛権の行使容認に向けて解釈を変更する進め方について「適切ではない」が67%、国連の集団安全保障で日本が武力を使えるようにすることについて「反対」が65%と、いずれも反対が6割前後から7割の高率になっている。経済政策が賃金や雇用が増えることに結びついていると思わないとの回答も55%と過半数を超えた。安倍内閣が実行を目指している個別の政策課題についての異論は増えており、内閣と世論との乖離はますます拡大していることが分かる。

   3 若者は右傾化しているのか

 (1)都知事選における田母神票の衝撃
 以上に見たような国民の意識状況において、とりわけ注目を浴びているのが若者である。若者の右傾化が大きな注目を集めたのは、2014年2月に実施された東京都知事選挙の結果であった。図表3(省略)(http://www・asahi・com/articles/ASG294JLLG29UZPS001・html)で示されるように、投票した20代の中で、最右翼に位置すると考えられた田母神俊雄候補が、当選した舛添要一候補の36%に次いで2番目の24%という支持を得たからである。これは3番目の宇都宮健児候補の19%、細川護熙候補の11%を上回っていた。
 もう一つ、この選挙で注目を集めたのは家入一真候補の動向である。家入候補はインターネット選挙に取り組み、都知事選の供託金300万円をクラウドファンディングで集めるというこれまでの選挙とは異なる手法を用いた。その結果、8万8936票を獲得して16人中5位という成績を収めた。
 このようなインターネット選挙の手法は田母神候補によっても用いられ、それが若者の支持を集めるうえで功を奏したと見られている。しかし、それだけではない。自衛官出身で元空将、航空幕僚長という経歴や、国防軍の創設を主張し、侵略の歴史を否定する発言によっても、若者に対する影響力を拡大したととらえられている。インターネットなどでは、「田母神閣下」という書き込みも多く見られた。
 このように、選挙に足を運んだ20代の若者の24%が田母神候補に投票し、それは宇都宮候補や細川候補よりも多かった。それが「若者の右傾化」の広がりを裏付けるものとして危惧する声が上がったのも当然である。
 しかし、それを過大評価してはならない。というのは、20代の若者の投票数が極めて少なく、大半は無関心で選挙には行かなかったからである。政治に関心を持ち「田母神閣下を当選させたい」と考えた若者が投票所に足を運んだのだから、その割合が相対的に多くなったのは当然だろう。
 20代の有権者は約157万人であり、田母神候補に投票した20代の有権者は約9万5000人と推定されている(古谷経衡「若者は本当に田母神氏を支持したのか?」HTTP://BYLINES・NEWS・YAHOO・CO・JP/FURUYATSUNEHIRA/20140211-00032569/)。田母神票は20代有権者の6%ほどにすぎず、「若者の右傾化」というほどの割合ではない。20代の若者への右翼的潮流による影響力の拡大は無視できないが、それを過大に評価することも正しくないのである。

 (2)多様な形態での不満の噴出と異議申し立て
 若者の意識状況を見るうえで最も重要なことは、若者は多様化しており、その意識は一様ではないということである。このような意識の上での幅の広さが今日の若者の特徴であり、それを一つの傾向でとらえようとすると無理が生ずる。部分をもって全体を論ずる誤りを犯してはならない。
 一方には、民族主義的な偏見や憎悪感情を高め、排外主義に凝り固まったヘイトスピーチやヘイトデモに参加する若者がいる。「ネトウヨ」と言われるようなインターネットを通じて右翼的な言辞を拡散する若者もいる。他方には、東北大震災での復旧・復興支援のボランティア活動に汗を流す若者もいれば、脱原発や原発ゼロ、再稼働反対を掲げて毎週金曜日に官邸前デモや集会に参加している若者も少なくない。学生による特定秘密保護法反対のデモや集団的自衛権行使容認に反対する若者憲法集会も開かれた。
 これらの若者は、いずれも現状を肯定しているわけではない。どちらも現状に対する不満の表出と異議申し立てなのである。在日特権を許さない市民の会「在特会」やヘイトデモへの参加も現状へのプロテストを示すものであり、それは排外主義という回路に不満のはけ口を求めた人々だと言える。
 現状への不満を抱き、何とかそれを打開したいという意欲があるものの、それをどのように実行したらよいのか分からない。そのため、ときには架空のストライキ騒動を引き起こすこともある。深刻な人手不足を招いている「すき家」で、現役のアルバイトがツイッターなどでストライキを呼びかけて話題となったのはその一例だろう。
 『子ども・若者白書』2014年版は、日本、韓国、米国、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの計7カ国で13〜29歳を対象に実施したインターネット調査の結果を掲載している。「自国人であることに誇りを持っている」と答えた人は、日本が70%と米国、スウェーデン、英国に次いで高く、「自国のために役立つと思うようなことをしたい」は55%でトップだった。
 他方で、「自分自身に満足している」という回答は46%で最下位である。また、「自分の将来に明るい希望を持っている」(62%)、「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組む」(52%)、「社会をよりよくするため、社会における問題に関与したい」(44%)、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」(30%)という項目でもすべて日本が最下位であった。これらの調査結果からは、日本の若者の不満と鬱屈した意識をうかがい知ることができるように思われる。

  (3)「無敵の人」の登場が意味するもの
 日本の若者の不満や異議申し立ての背後にあるのは、報われない現状への怒りと将来への絶望である。このことを端的に示すのが「無敵の人」の登場だといえる。「無敵の人」とは、何も持たず人間関係や社会的地位などでも失うものがなく、犯罪に走ることに抵抗感のない人々のことである。古くは秋葉原無差別殺傷事件、最近ではAKB48の握手会傷害事件で注目された。
 秋葉原無差別殺傷事件は2008年6月に秋葉原で発生した通り魔事件で、7人が死亡し10人が負傷した。当時25歳の元自動車工場の派遣社員が犯人だった。もう一つのAKB48の握手会傷害事件は14年5月に岩手産業文化センター(アピオ)で発生した傷害事件で、24歳の男が鋸を取り出して切り付け、メンバー2人とスタッフ1人が負傷した。
 どちらも相手を特定しない殺傷事件で、「死刑になりたかった。誰でもよかった」と動機を語っている点で共通している。「死刑になりたい」という動機での犯行は、このほかにも08年3月のJR荒川沖駅無差別殺人や12年6月の大阪・ミナミ通り魔殺人事件などがある。
 これらの犯人は不満があっても、それをどこに向けたらよいのかが分からない。問題を抱えていても、それをどう解決できるのかも分からない。孤独で将来への展望が見えず、自暴自棄となってこの世からの退出を望んで犯行に及んでいる。
 このような若者は今後も増えていく可能性がある。それは日本社会の質的な崩壊をもたらす深刻な要因の一つとなるだろう。社会からの退出を望むまでに強まるかもしれない若者の怒りと絶望を、どのようにすくい取って解決へと導くことができるのか。このことが、いま私たちに試されているのではないだろうか。

   むすび
 
 安倍内閣に対する支持率は高く安定しているように見える。しかし、それでも低下傾向は免れず、積極的な支持は減ってきている。高支持率の大きな要因は、先行する内閣があまりにもひどく国民の期待を裏切ったため、安倍内閣の方が相対的にましに見えたということではないか。「ほかに適当な人がいない」から、とりあえず安倍首相を支持しているというにすぎないのである。
 安倍内閣支持のもろさと弱点は政策面での支持の裏付けを欠いているという点にもある。安倍内閣が力を入れている集団的自衛権の行使容認、10%への消費税率引き上げ、原発再稼働など個々の主要政策を国民は支持していない。内閣支持率の高さを過信して強権的な政治運営を続ければ、いずれ大きなしっぺ返しを食うことになろう。
 とりわけ、安倍首相が執念を燃やしている集団的自衛権の行使容認についての世論の反対は強く、しかも、時間とともに増加してきた。憲法の解釈を変えて集団的自衛権を使えるようにする解釈改憲に約7割の人が「適切ではない」とし、これについての議論も約8割もの人が「十分ではない」と答えていたことは注目に値する(朝日新聞6月調査)。このような世論を無視する政治運営は断じて許されない。
 都知事選での田母神候補の得票割合の多さから右傾化しているのではないかと憂慮されている若者であるが、20代の若者の投票数自体が少なく、右傾化を過大評価してはならない。全体としては、その意識が多様化し幅を広げている点に今日の特徴がある。確かに右傾化の強まりは目につくが、その反面で、それを批判するカウンター行動や民主的な社会運動に参加する若者も少なくない。
 いずれの現象も、生活と労働に対する若者の不満や異議申し立ての表出であり、その背後には報われない現状への怒りや将来へ絶望がある。それらが社会への敵意や退出願望に結びつくことを放置してはならない。その解決に向けての回路を示し、未来に希望を抱けるようにすることができるかどうか。それが生活と労働にかかわる運動にとってのこれからの課題であろう。
 すでに、この課題達成に向けての芽は生じつつある。若者も含めて、国民意識の地殻変動が始まっているからである。特定秘密保護法の強行成立、原発再稼働を目指すエネルギー基本計画の策定、5%から8%への消費税率の引き上げなど、国民の危惧と反対の声を押し切って実行されてきた悪政に続く集団的自衛権の行使容認の閣議決定。
 安倍首相はやりすぎたのではないだろうか。内閣支持率の高さを過信し、多少無理なことでもやってしまえば「仕方がない」と受け入れてくれるとでも思ったのだろうか。それとも、高い内閣支持率がいつまで続くかわからないから、今のうちに懸案の道筋をつけておきたいと焦ったのだろうか。
 このような安倍首相の焦りが世論の反発や懸念を高めている。集団的自衛権行使容認への反対や慎重審議を求める地方議会の決議は190を超え、閣議決定前日の官邸前に1万人を超える人々が集まった。また、日経新聞の6月調査では、自民党支持率が36%と前回より6ポイント下がり、特に20〜30歳代では24%となって15ポイントの急落である。
 民意の反乱が始まりつつあるのかもしれない。社会的な運動の力によって国民意識の地殻変動をさらに進め、政治地図を塗り替えていくことが必要である。国民意識の動向と変化の方向は、それが十分に可能であるということを示しているのではないだろうか。


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